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駿優賞
藤井英|修士論文
社寺等の祭祀に関わる演舞の場の推移に関する研究 −近世以降の農村舞台の配置と信仰形態の変質に着目して−
卒業・修士論文

1.研究背景と目的

本研究は、地方農村の小規模神社に残された祭祀の場の一つである農村舞台を対象とした。農村舞台は、江戸時代中期から明治期にかけて建てられたか、もしくは再建された歌舞伎や人形浄瑠璃等を演じる舞台である。農村舞台史の中でこれらの舞台は庶民の娯楽の対象として捉えられてきた。卒業論文では、古式の神社境内の祭祀の場について本殿など建築のない場から次第に社殿が整備されることに伴い、場から建築に代わっていったことを明らかにした。神社の祭祀で奉納される演舞は、古くは舞台等の建築ではなく禁足地等の場で行われた。次第に境内に舞台を建て舞が奉納されるようになるが、そこでも一部の神官や権力者等の席を設けることはあっても多数の村人の参加を前提とはしていなかった。

現在まで古い祭祀を継承している神社においては、祭祀中の観客の動線等を制限しているものが残されている。それらに対して近世以降に建てられた農村舞台は、客席や客の場が明解で、客席がないと成立しえない建築となった。この客席の存在がそれまでの境内の舞台と農村舞台との大きな違いである。農村舞台には古くからの地域芸能と結びついて継承されたものや、江戸末期以降に新たに建てられたものがあるにも関わらず、これまでの農村舞台史の中では同様の評価がなされてきた。これらのことを踏まえて、農村舞台の配置形式と舞台建築に着目して信仰形態の変質を明らかにすることを目的とする。

 

2.研究の構成及び方法

現存する重要文化財、重要有形民俗文化財に指定されている舞台を中心に社寺境内・関連敷地に建つ舞台の成立や変遷の調査を行った。ただし、宗教建築と関係ない都市の舞台、歌舞伎専用劇場は今回の研究対象から除いた。境内配置と平面構成について過去の研究資料と等高線地図から新たに配置図を作成し、参道や脇参道を明らかにした上で境内の高低差を含めた配置について検証を行った。

 

3.分析結果

①江戸中期頃の地方農村の社寺では、農民たちに熱狂的に支持された歌舞伎や人形浄瑠璃が取り入れられた。

②近世以降、農村舞台が宗教施設に取り込まれる際には3つのタイプがあった。

・境内建築一部の機能の変更もしくは一部変更して舞台化する

・近世以降に新規もしくは再建する

・参道軸と十字に交わるように配置する

③江戸後期までの初期舞台は、本殿軸上・参道軸と十字に交わるような配置など既存建築の機能変更も含めて境内の元来持つ軸線に沿って舞台が配置された。幕末になると舞台は規模を拡大し、本殿軸や参道軸をそのまま継承しながら、それら社寺の軸線を崩さないように新たな軸線(本殿軸とはずれた平行な軸線)を用いて舞台が挿入される事例があらわれる。

④江戸後期以降、参道の軸線と客席や舞台が重なる場合には、参道を建築の中に取り込む(軸線に配慮した建築的操作が行われた)舞台が造られた。

明治初期頃までの客席復元図 加筆(田峯の舞台) (出展 角田一郎編『農村舞台の総合的研究―歌舞伎・人形劇を中心に―』桜楓社1971)

江戸後期以降に新たに造られた参道軸で空間を区切る4つのタイプ

調査対象とした農村舞台の等高線配置図 (参照 国土地理院GSI Maps)

4.結論

古式の大型社寺において祭祀は、時代を経て変化し続けてきた。その過程で、禁足地や境内に隠されていた祭祀が次第に開かれ、人々に公開されるようになっていった。地方の小規模な社寺境内には、これらの社寺の変化の一部が残されている。地方社寺では、公開しない神事とは別に、村人の楽しみとしての歌舞伎や人形浄瑠璃などが舞台(農村舞台)で神事に合わせて祭祀に組み込まれた。しかし、上席の桟敷席が付加されたいくつかの事例が残っている。愛知県田峯観音高勝寺に建つ田峰の舞台では、祭りに際して桟敷席と天井が仮設される。その客席配置は、明治初期ごろまで客席後方の桟敷は村役、最前に他村の人々、参道を隔てたその背後に自分たちの村人などが、参道を軸として客席空間を構成していた。これらのことは、本来、農村舞台は村人の娯楽を兼ねて造られたが、次第に封建体制の中に組み込まれたことを示している。地方社寺の境内では、祭祀に関しても当時の社会構造の縮図化していった。

これまで農村舞台史では、農村舞台は神社という場の中(余白)に単に挿入されたと位置付けられてきた。しかし、多くの農村舞台の配置を読み取り、各境内の敷地条件等を加味すると、時代に適応するように変化したことを明らかにすることができた。これらの配置は、それぞれの地形や境内条件を加味して本来の宗教建築が持つ形式を損なわないように遵守されたといえる。

5.参考文献

1)泉田英雄『田峯観音野舞台お小屋掛け構法について』,日本建築学会医術報告集第14巻第28号,p.607-612,2008.10

2)竹内芳太郎『野の舞台』,ドメス出版,1981

3)角田一郎編『農村舞台の総合的研究―歌舞伎・人形劇を中心に―』,桜楓社,1971

4)松崎茂『日本農村舞台史の研究』,博士論文,1959

5)松崎茂「日本農村舞台の研究」,同刊行会,1966

6)名生昭雄編『兵庫県の農村舞台』,和泉書院,1996