SELECTION
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駿建賞
荒木鴻歩
ソーシャルメディアにおける人気投稿の空間背景から考察する商業施設の設計提案 -ダイエー横浜西口店跡地開発事業を対象として-
修士設計

近年、サブスクリプション方式やEコマースの普及により、モノの所有意識や購入体験が変わりつつあります。私は、このような時代における商業施設の存在意義に関心を持ち、SNSにおける体験共有という視点から設計手法を構築しました。
本研究では、SNSに投稿された商業空間を背景にした写真を対象とし、人々が商業空間に対して美的に感じる構図を分析し、空間モデルを抽出し、設計に適応することで、空間自体が来店動機になる新しい商業施設を提案します。
分析で使用する写真のサンプルは、Instagramにおける投稿の閲覧機能を用いて収集しました。大都市圏に立地し延床面積1万平米を超える大規模商業施設を背景とした投稿200枚を対象に分析を行いました。

人々が美的価値を認識し背景として選択した空間には、その空間が生み出す写真の構図が関係していると考えました。サンプルから12種類の構図と、その構図を生み出す21種類の空間モデルを抽出しました。これらの構図には視覚的な心地よさと、視線を導く効果があると考えます。
分析は二段階あり、第一段階では、写真の視覚的な効果を平面および断面で空間的に検証・考察することで、12種類の「構図」を抽出しました。第二段階では、その「構図」を元に、視線の移動の向きなどを検討し21種類の空間モデルを生成しました。
これらのモデルを設計に用いることで、視覚的誘導による来店動機の触発、視覚的協調による印象の誘起、視覚的想像による動線の誘発、視覚的快楽による滞在の促進などの効果を生み出し、フロア全体に人が流動するような商業施設が計画できます。

設計概要です。JR横浜駅近くの若い世代が多く集まる商業エリアに位置している商業施設の建替えで、みなとみらいエリアに対抗できるような街の顔となる店舗が求められ、居住エリアやオフィス街も近く、多様なコンテクストがあります。
実際に進行している建て替え計画に準じ、商業や飲食だけでなく、クリニックや学習塾など、地域住民の利用も考慮したサービスを含めて構成しています。
全体計画としては、商業機能のなかでもショーウィンドウなど視覚的な惹きつけを特に必要とするファッションフロアを低層部に、視覚的に店舗内部へと誘導する必要があるライフスタイルフロアを中層部に配置しました。来店目的にもなる飲食機能やユーザーが限定的なサービス機能は高層部に、日常的な利用が予想される食品売り場は地上階からアクセスしやすい地階に配置しています。

低層部の立面は周辺歩行者の目が届きやすい場所であり、ガラスウォールに囲まれています。中層部の立面は開口を少なくし、広告を掲げられるようにしつつ、閉鎖的にならないよう一部に建物内の賑わいが表出する大開口を設けています。高層部の立面は円盤状のボリュームとして、みなとみらいなどの周辺の眺望を取り入れ、景色や賑わいを求めて利用客が訪れる場にすることで、シャワー効果や滞在促進を図りました。
バックヤードは地下駐車場の西面に荷捌きスペース、北面にごみ搬入スペースを設け、2機のエレベーターで垂直に施設全体を結ぶことで、効率的な搬入搬出を行うことができます。
縦動線の計画は、来客者用エレベーターを3機設け、商業フロア、サービスフロア、飲食フロアにそれぞれ直通し、各フロアの利用時間が異なる場合にも対応します。エスカレーターは「構図」を演出する要素としても活用し、上下階への意識を高めることで、各フロアでの人の流動を誘発し、それが施設全体へと波及する計画としました。
平面計画は、空間モデルの適用により、訪れる人の視線が分散し、フロア全体への流動を促しました。また現在、現物販売を行わない店舗が増加していることから、各店舗のバックヤードは店舗面積の10%程度に抑え、売場面積を広くしています。

各階における空間モデルの適用を具体的に説明します。1階は駅からの利用客を考慮し、南面をメインエントランスとしました。「上下型」を適用し、3階まで繋がる大階段を設けることで、上層階へ意識が向かうようにしています。北面エントランスには「分断型」を適用し、3・4階のショーウィンドウを大階段と2階スラブの存在が強調することで、上層部への意識を誘発します。

2〜4階のファッションフロアでは、「分散型」によって視線を分散させ、「廊下拡張型」を適用し、視覚的引きつけが必要とされる衣料品店へと人を誘導します。また、入り組んだ平面形状とすることでフロア全体への人の流動を促します。
3・4階では「囲い型」を適用し、吹抜けが他のフロアの店舗への意識を誘発します。

5・6階のライフスタイルフロアでは、「左右型」を適用することで店舗へ誘導しつつ、「類似型」を適用し、視覚的な心地よさで滞在を促します。
5階以上のフロアでは、9階まで連続する「左右型」を適用し、円形平面のエスカレーターホールを設けることで、視線を誘発します。6階では「上階拡張型」の適用により、壁の輪郭線がゆるやかに上層部への意識を誘発します。7階のサービスフロアは視線誘導の必要がないため、利用者が空間を把握しやすい格子状の平面形状とし、視線が連なる「一点集中型」を適用しました。
8・9階のフードフロアは、屋外の景色を切り取る「囲い型」を適用することによって滞在を促進しました。

講評
古澤大輔

SNSの投稿から、空間のエレメントを抽出するという視点はおもしろく、また重要な意味があると思います。一方で、設計の根拠を視覚に求める考え方は、近代的な価値基準です。ル・コルビュジエに代表されるような歴史上の建築的思考の枠組みとしても新しさを示せるとより良かったと思います。商業施設は視覚だけでなく、嗅覚や聴覚なども重要なので、より視覚が重要性を持つビルディングタイプに適用した方が恒久的な建築の価値に結びつけることが可能だったのではないでしょうか。

泉山塁威

Instagramを用いた分析方法がおもしろいと思いました。ただ、良いとこ取りの空間を集めて設計した建物が果たしておもしろい全体性を持つのか、懸念が残りました。現存する百貨店が売却されている社会背景も踏まえ、購買意欲を高める空間として成り立っているのかがさらに検証されていると良かったと思います。

佐藤慎也

Instagramの投稿画像を情報源として空間をつくるというのは今の時代ならではの手法でおもしろいと思います。

佐藤光彦

「映え」という新しい評価軸に取り組み、最初の頃からぶれずに研究と設計を進めてまとめていったプロセスは、修士設計にふさわしいものであり評価したいと思います。