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桜建賞
飯尾朋花|卒業論文
演劇空間と作品の関係に関する研究 -観客の不確定性を対象として-
卒業・修士論文

1.研究背景・目的

演劇は、戯曲・演出・演者など様々な要素が組み合わさることで成り立っている。その要素の中でも上演が行われる空間は、演劇を成り立たせる上で大きな役割を果たしていると考えられる。ここでいう空間とは、舞台だけでなく客席も含めた全体の空間のことを指す(以下、演劇空間と呼ぶ)。しかし、戯曲や演出などに比べ演劇空間は、役割が抽象的で明確ではない。演劇空間は、演劇にどのように作用しているのだろうか。

演劇空間を構成する条件の一つとして観客が挙げられる。演出家であるピーター・ブルックは、「ひとりの人間がこのなにもない空間を歩いて横切る、もうひとりの人間がそれを見つめる―――演劇行為が成り立つためには、これだけで足りるはずだ。」1)と述べているように、演劇が成り立つためには観客が必須である。

本研究では、観客が演劇空間を構成する条件の一つであると捉え、観客に焦点を絞った上で、つくり手の視点から演劇空間が作品に与える影響を分析し、空間と演劇の関係性を探ることを目的とする。また、演劇制作の面では、つくり手の作品づくりや新たな演劇空間を見出す一助となることを、建築の面では、観客を意識した劇場計画の一助となることを期待する。

 

2.研究概要

最初に、観客が持つ演劇空間および作品へ作用する要素として観客の不確定性を挙げ、その定義などを述べた後、具体的な観客の不確定性を提示する。次に、提示した観客の不確定性が、現代の作品にどのような影響を与えるのかを、つくり手を対象としたアンケートやヒアリング調査によりそれぞれ明らかにする。以上から結論をまとめる。

 

3.研究結果

①観客の不確定性

つくり手が予測・操作できない観客の不確定な要素を、本研究ではまとめて観客の不確定性と定義する。予測不可能な観客の不確定性は、演者と観客間の相互作用の発端であり、演劇空間および作品に予測できない変化をもたらしている。2)また、観客の不確定性は、観客の声や動きといった知覚的な不確定性、観客の有無や位置といった存在的な不確定性、観客の視点や前提知識・認識といった内的な不確定性の3つに分類することができる。

②知覚的な不確定性

観客の声・観客の動きは、知覚できる観客からの反応であるが故に、演者にも他の観客にも直接的に作用する要素であり、観客の声は聴覚的な、観客の動きは視覚的な物理的変化を演劇空間にもたらしていることがわかった。この演劇空間の変化が作品に影響を与えていると考えられる。

③存在的な不確定性

観客の存在により、演劇空間はただ演劇がなされる場所ではなく、「作品を向ける対象としての空間」に変化し、作品を届ける方向をより明確にする。このように存在的な不確定性によって演劇空間の持つ役割が変化し、この演劇空間の役割変化が作品へ作用することがわかった。

④内的な不確定性

観客の視点に関しては、目に見えない視点のズレによって、目に見える物理的な現象が引き起こされており、観客の視点が及ぼす影響の強さを発見した。また、観客の前提知識・認識は、作品の観やすさ・面白さを左右していることがわかった。内的な不確定性は、演劇空間を「能動的に作品に関わる場」へと変化させる要素であり、この演劇空間の変化が作品にも影響を及ぼしていると考えられる。

 

4.まとめ

以上のように本研究では、演劇空間および作品に作用する要素として観客の不確定性を発見し、さらにそれが知覚的・存在的・内的の3種類に分類できることを提示した。また、知覚的な不確定性は物理的変化を、存在的な不確定性は役割の変化を、内的な不確定性は性質の変化を演劇空間に与えており、この演劇空間の変化が作品に作用していたことがわかった。これにより、観客により構成される演劇空間と作品の関係性を紐とき、空間と演劇の関係を明確なものとした。

5.参考文献

1)ピーター・ブルック:なにもない空間,高橋康也・喜志哲雄訳,晶文社,1971.10

2)エリカ・フィッシャー=リヒテ:パフォーマンスの美学,中島裕昭・平田栄一朗・寺尾格・三輪玲子・四ツ谷亮子訳,論創社,2009.10