SELECTION

奨励賞
石田千裕|卒業論文
コレクションと常設展示室の内部構成に関する研究
卒業・修士論文

1.研究背景・目的

多くの美術館は自館が所蔵しているコレクションを常設展示しているが、日本では多くの観客が企画展示を目的に訪れるのが現状である。また、展示室のスケールや仕上げといったハード面に注目すると、近年はホワイトキューブにとらわれない、室の形状や仕上げなどに特徴のある展示室を持つ美術館が次々と登場している。今後誕生する美術作品の価値を最大限に高める空間は、十分な模索の後に示されるものであり、長期会期を見据えた常設展示の見直しが求められている1)。現在、美術館はすでに多くのコレクションを抱えるとともに、収蔵方針も明確に定まっている。そこで、今後の美術館展示室のデザインの根拠をより明瞭にするためにも、常設展示を行う空間の現状を把握する必要があると考えられる。

本研究では、美術館のコレクションと常設展示室を構成する要素について様々な点から比較と分析を行う。それらの関係を捉えることにより、現代の美術館における展示コンセプトなどの内面的な性格を表すコレクションと、観客が体験するスケール感覚を意図した外面的な性格を表す常設展示室の構成について、両者のつながりを明らかにすることを目的とする。研究対象に選出した美術館に関して、室面積や内部仕上げなどを取り上げたデータを用いる量的分析と、展示室とコレクションの関係が特徴的な事例を取りあげた質的分析を行いながら考察し、結論を述べる。

 

2.結果

西欧では、美術館の誕生以前に貴族らのコレクションとして世界中から発見された人々の驚きを誘うものが、「驚異の部屋」などと呼ばれる陳列室に集められていた。その後、社会構造の変化を経て、そのコレクションを市民に向けて公開することを機に、美術館が誕生する。美術作品は、地域・時代別や作家別といった様々なカテゴリーに分類され、自館のコンセプトに見合うコレクションとして性格付けるために収集対象を細かく定めている。貴族らの個人の楽しみとして品々を収集・保存してきた陳列室が、展示の機能を持った空間になると、美術作品や観客に対して配慮されたデザインが重要視され、今日まで様々なかたちが生まれている。

本研究の具体的な調査対象は、「新建築」2000年1月号より2020年11月号2)に掲載された国内の美術館147件の展示室のうち、図面や仕上げ、収蔵作品展の開催などの十分な情報が得られた74件242室である。量的分析では、1室当たりの天井高と面積の関係、常設展示室数の設置数、内部仕上げ、そして、1室内における床壁天井の仕上げの連続性に着目して調査した。その結果、1室当たりの面積は200㎡以内、天井高は4,000㎜前後で計画された展示室を複数組み合わせる構成が標準的な計画として読み取れた。

仕上げ材を木材や塗装など11種の素材に分類すると、床には観客や作品に配慮した木材がよく使用され、壁と天井を塗装とすることで一体感を持たせる傾向が強いことがうかがえた。これらの仕上げの特徴は、鑑賞時に壁面のみが背景となればよい平面的作品の展示室によくみられている。一方で、すべての構成面の仕上げが連続した展示室の半数が空間的作品をコレクションしており、展示室全体が背景となる均質空間が効果的であることがうかがえる。

質的分析では、項目別に事例を挙げている。コレクションの性質や展示方法に関しては、ハラ ミュージアム アークの觀海庵は東洋古美術品を古来より置かれていた環境である書院造を踏まえた仕上げがなされている。空間全体を作品として捉える美術に関しては、豊島美術館では水や風、音といった自然との融合を鑑賞体験する空間的作品を展示しており、コンクリートの仕上げが床から天井まで連続した均質空間が空間的作品にはが有効であることを裏付けている。既存の建築物から用途変更した事例では、既存の仕上げを活かしながら改修し、その場所性を含んだ展示室や、美術作品がそこの歴史性を加味しながら制作されて展示を行う計画もあり、弘前れんが倉庫美術館では、既存の壁面を受け継いだ展示室で展覧会を開催し、完成した美術作品をコレクションしていく運営方法により、コレクションと常設展示室の関係に広がりをみせている。特定のテーマや作家の展示にも関係がみられ、Fujiyama Museumでは、富士山をテーマとした絵画をコレクションしており、スロープ状に展開された展示室により、富士登山の疑似体験との相乗効果を意図している。

 

3.まとめ

以上のように、コレクションと常設展示室の内部構成の関係は複雑に絡まりあいながら発展しており、コレクションが平面的な作品から空間的な作品になるにつれて、壁、天井、床の順に構成面の仕上げが連続していた。それには、観客の行動や作家などが構想した展示環境・計画が反映され、より詳細に決められている。さらに、既存建築から用途変更したものは、その歴史や仕上げがより一層強く、作品と展示室の両方に影響を与えていた。

参考文献

1)美術手帖:新館長・蔵屋美香が語る横浜美術館の展望「新しい星座を描きたい」〈https://bijutsutecho.com/magazine/interview/21661〉2021.1.28 アクセス

2)新建築社:新建築、第65号1巻-第95号11巻、2000.1-2020.11