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吉田鉄郎賞
八巻健太|修士論文
1970年代におけるモダニズム建築批判としての形態理論の展開に関する研究 -日本の建築批評論壇上における「フォルマリズム」の概念をめぐって-
卒業・修士論文

1.研究の背景と目的

本研究は、主として1970年代に展開された「形態理論」に焦点をあて、近年再評価がなされ始めたこの時期の、モダニズム建築批判としての時代性を跡づけるものである。とくに日本の建築批評論壇上における「フォルマリズム」の概念の分析を通じて、1970年代におけるわが国固有の史的性格を描出することを目的とする。

わが国において本研究が対象とする時代を見たとき、通説においてはモダニズムからポスト・モダニズムへの転換期、60年代の高度経済成長期に対する反省、都市からの撤退、住宅論、環境問題の露呈、保存運動やデザイン・サーヴェイ、コンテクスチュアリズムといった潮流が隆盛したこと、また大衆化という考察軸を中心にモダニズム建築批判との関係の中でその時代性が論じられてきた。しかし、モダニズム建築批判を「形態理論」として捉えた史的描写のための検証作業は未だ十分に行われていない。

以上の背景から、日本の建築批評論壇上の分析を通じて、海外圏との比較検証により、1970年代におけるわが国固有の史的性格を描くことが本研究の趣旨である。

 

2.結果

本研究では、1970年代を中心として、日本と西欧圏における「形態理論」の比較検証から、フォルマリズムの概念をめぐり、両者の差異を明らかにした。西欧圏のフォルマリズムの潮流は、形態理論の自律的理解によって、公共性・社会性といった共同体として共有されうる認識においてフォルムの関係性を開いていき、相関的なフォルムを目指した。一方、日本のそれは作家の恣意的な個人言語として、社会的文脈から浮遊した「形式」へと傾倒していき、フォルムの関係性を閉じた自立的な形態を目指した。

本研究を通して「フォルム」は西欧的な問題提起であると理解できた。そこでは公共性や社会性を反映しうる、共同体的な共通言語としてフォルムが認識された。この「形態理論」の展開過程を「フォルマリズム」という建築思潮として捉えた。しかし、日本の場合、西欧的な意味において「フォルム」が認識されることはなかった。日本の近代建築は明治以降の近代化の過程における、日本の文化的土壌と西欧文明の異種交配という側面もあり、このことから1970年代において批判すべきモダニズム建築の様態を西欧圏と同じ文脈では捉えることができず、モダニズムを形式的側面、つまり方法論的観点から批判した。

この時期の、わが国の時代性を「形式への傾倒」と跡づけた。またこの時代性の要因を以下にまとめる。

①磯崎新が主張した「建築の解体」あるいは「主題の不在」といった状況を受けて、社会との回路を断たれた状況下においてもなお建築という社会的産物をつくらなければならない建築家たちの社会に対する方法論の提示、

②日本の近代化の特殊性による「形式」の側面からのモダニズム建築批判、

③学生紛争、オイルショックなどによる社会に対する不審、など複数の要因からこの時期の「形式への傾倒」の時代性を説明できる。

このような1970年代における史的性格が、1980年代における作家主義の多様化を背景とする建築思潮を生みだした。

 

3.まとめ

以上、1970年代を起点にしながらモダニズム建築批判という側面からの検証と、1980年代における新たな建築思潮への展開という、相前後する時間軸から1970年代を再評価し、その特質を「形態理論」の観点から描出したことが本研究の意義となる。

1970年代前後の形態理論を中心とした日本の建築批評論壇上における建築思潮の相関図

参考文献
1)五十嵐太郎:モダニズム崩壊後の建築-1968年以降の転回と思想、青土社、2018

2)ハリー マルグレイブ・デイヴィッド グッドマン、澤岡清秀(訳):現代建築理論序説−1968年以降の系譜、鹿島出版会、2018

3)八束はじめ:表象の海に建築を浮かべよ、SD、鹿島出版会、157号、pp.10、1977

4)磯崎新:都市,国家,そして〈様式〉を問う、新建築、新建築社、58巻13号、pp.137-145、1983

5)チャールズ ジェンクス、竹山実(訳):ポスト・モダニズムの建築言語、a+u 臨時増刊号、1978

6)本田一勇喜「いまさら〈主題の不在〉について」『都市住宅』鹿島出版会,p.56,1978年5月号

7)稲垣栄三:日本の近代建築-その成立過程-、中央公論美術出版、2009