SELECTION
  • 1 / 4
  • 2 / 4
  • 3 / 4
  • 4 / 4

吉田鉄郎賞
宇佐見拓朗
再生建築における空間の構成方法と<床/壁/天井>の状態の関係性に着目した分析及び設計提案 -足立区千住の既存住宅をケーススタディとして-
修士設計

昨今、既存ストックの利活用を促進する再生建築が注目されています。また、既存建築の空間構成を変化させることは、都市の住環境改善も期待されています。そのうえで、これまで体系化されてこなかった再生建築の設計方法論の提案が必要だと考えます。

本研究では、建築事例を部分と全体、つまり詳細部位の状態と空間構成とのふたつの視点から考察します。空間構成は、改修前後における既存部位の扱い方に着目し、全体をつくりかえる「刷新型」、新設部位と既存部位を対比的に扱う「対比・同居型」、既存の様相を残し踏襲した「残存型」の3種に分類しました。
詳細部位の状態は、〈床/壁/天井〉における下地の隠蔽状態について考察します。仕上げが施された「隠蔽状態」、片側のみ仕上げられた「片側現し状態」、線部材のみで仕上げ材のない「現し状態」の3種に分類しました。
分析対象は、2015〜2020年に発刊された雑誌『新建築』『新建築住宅特集』に掲載された185事例の再生建築です。縦軸を空間構成、横軸を各部位の状態とした分析シートを作成し、関係性をプロットしていきました。
全事例を統合した分析結果により、①空間構成を「刷新/残存」し、新旧の部位を等価に扱う方法と、②いずれかの部位で「対比/同居」を図り、特定の部位に着目することで空間構成を変化させる方法というふたつの設計手法が多く見られました。
本計画の設計手法の構築にあたって、さらに、A「刷新型」、B「壁/天井対比型」、C「壁対比型」、D「天井対比型」、E「残存型」の5種に類型化しました。そして、室内空間と外観表現が一致の有無を分けて10種とし、事例の少ない2種を除いた8種の構成を抽出し、それぞれに概念モデルを作成しました。
これらの概念モデルは、既存建築の機能面・環境面の課題解決に用いることができます。
設計の対象敷地は、足立区千住日ノ出町の4棟が空き家となっている老朽化した建物9棟による街区です。区画整理の対象で、建替えが予定されていますが、それに対するカウンタープランとして、街区単位でのストック活用を目指した改修計画を提案します。
周辺地域にはふたつの商店街があり、職住一体の生活が見られます。空き家率は現状約10%ですが、近年、空き家再生事業などによって、ギャラリーなどの文化施設の増加が見られ、「千住芸術村」、「音まち千住の緑」、「千住Public Network EAST」などによる活動が行われています。これらの文脈から、商業・住まい・芸術が複合した施設を設計します。

既存建築は、劣化の進行、隣棟間隔の不足による採光・防災等の問題を抱えています。そこで、敷地境界を横断した改修を行うために「連担建築物設計制度」を採用します。
まず、老朽化が見られる部位、通風・採光を妨げる部位を構造部分のみ残し解体し、外部空間に各住宅の活動が溢れ出す共有部を設計します。
次に、空地に増築を行い、立体的な活用を促します。そうしてできた建築ボリュームに、周辺のコンテクストに応じたプログラムを入れていきます。具体的には、商店街側をギャラリー・店舗併用住宅、住宅街側をSOHOとし、周辺住民に開いていく計画です。さらに、研究から導き出した概念モデルを各住戸に適応させ、各建物の環境や用途の観点に合わせた設計をしていくと共に、街並みに多様性を持たせました。
プログラムとしては、地上階には商業施設などの公共的な機能を配置し、各々の活動が溢れ出す歩行空間としています。上層階は居住機能とし、減築によりできた半屋外空間を利用し、プライベートとパブリックのバッファゾーンを形成し、より内外が一体化した住環境に改善しました。減築部分に新設する外壁・床は太陽光を反射する白い面とすることで、人々のアクティビティを映し出す背景となります。また、中央の中庭は、周辺住人にも開かれた共用のラウンジとなり、地域のイベントやアート活動の他、災害時の一時避難所としても利用されます。

1階平面

建物1は、「刷新型(A-1)」を適用したギャラリー兼住宅です。交差点に隅切りを設けるように減築し、活動を開いたファサードとします。採光が難しい北側に位置するため、白い壁・天井、そしてポリカーボネート板の外壁により、ギャラリーに適した抽象的な空間を設計しました。

建物1 断面詳細

建物2は、「壁/天井対比型(B-1)」を適用した店舗併用住宅です。透明性の高いファサードとし、片側現しの壁を展示棚に利用しています。天井は減築して新旧の対比を見せることで、既存の雰囲気を残しつつも開放的な空間としました。

建物2 断面詳細

建物3は、「刷新型(A-2)」を適用したスタジオ兼住宅です。音大生やアーティストが利用できるスタジオは、抽象的な天井によって空間を刷新することで、地域の文化活動を発信します。

建物3 断面詳細

建物5は、「天井対比型(D-1)」を適用したSOHOです。現しと仕上げられた天井を組み合わせたスキップフロアの構成によって、天井面を収納スペースとし、家族の趣味を共有する住空間に再生します。

建物5 断面詳細

区画全体立面は周辺や街区環境に合わせて設計を行い、地域へとゆるやかに開かれるように構成しています。
老朽化建築群に対して、研究と論考で導き出した設計手法を用いることで、かつて街に存在した公共性を再構築し、その地域を活性化する改修の可能性を提示しました。地域性に応じて既存建築を利活用する設計は、縮退社会におけるひとつの可能性を示していると考えます。

今村雅樹

気持ちよさそうな空間になっている点をまず評価したいと思います。一方、調査した建築を図式化して応用していくという手法は既視感もあります。今後も同じテーマを考え続けて、オリジナリティに辿り着いてくれることを願います。

佐藤光彦

調査した複数の事例を当てはめて設計しているために若干物足りなさがあります。何に対してどう適応するかは難しい問題です。例えば、ひとつの建物の中で、時間軸を設定し、変化に合わせた「概念モデル」を適応させていくような設計もあり得たのではないかと思います。

重枝豊

よくできている提案だと思いますが、分析のプロセスと出来上がった建築空間がどのように接続しているのかは不明瞭だったように思います。

田所辰之助

研究から導き出された建築を再生するバリエーションに対して、どのような建築やプログラムが適しているかという積極的な評価が加わると、分析と設計がより強くつながったのではないかと思います。