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奨励賞
駒橋拓|修士論文
市街地再開発事業完了後における空き床への「公益施設」導入に関する一考察
卒業・修士論文

1.研究の背景と目的

1969年に都市再開発法が施行され約50年が経過し、同法に基づく市街地再開発事業(以下、再開発事業)は938地区が事業完了している。再開発事業は敷地の高度利用によって新たに生じる保留床の処分金、地方公共団体等からの補助金で事業を成立させ都市の防災化、都市機能の更新に貢献をしてきた。しかし、これまでに竣工した地方都市の再開発事業において、大型店舗の郊外進出や中心市街地の衰退による影響で再開発ビルのテナントが撤退し、大規模な空き床が発生・破綻した地区が存在する。再開発事業への支援には様々な施策があるが、その一つに自治体による公益施設導入事例が存在している。本研究では、再開発事業完了後に公益施設導入を行った地区に着目をする。導入実施地区、導入傾向、床所有形態等を明らかにし、自治体が公益施設整備を伴う空き床支援を実施する際の知見を得ることを目的とする。

 

2.研究の構成及び方法

本研究では、地区の課題、公益施設導入地区等を把握するためアンケート調査を実施した。調査対象は最大用途が商業であった東京都23区を除く再開発事業229地区が位置する自治体160団体とした。その他文献調査により情報の補完を行っている。

 

3.結果

①再開発事業の主要用途から見た今後の課題動向

事業完了年度毎の主要用途の割合をみると、事業総数(873地区)への住宅と商業の地区数の合計は621(71.3%)地区を占め、殆どの事業が「住宅」「商業」であることがわかる。特に1996年以降は全年度で住宅の地区数が多い。これは商業から住宅へ主要用途が推移したことを意味する。また「公益」施設も1998年以降に急増している。これらは保留床の処分リスク低減化を図ったためだと思われる。今後も停滞する地方経済下では、「商業」は都心等の一部に限られ、「住宅」「公益」が増加し続けると思われる。 しかしながら、住宅は複雑な権利関係により将来の建替えが更に難しくなることが懸念される。また3000㎡以上の商業床整備地区は、今後も再開発事業による大規模な空き床が生じる可能性が窺える。

1972-2018 年の間に完了した全国の市街地再開発事業完了時における主要用途推移 (n=873)

②自治体による空き床課題に対する支援と、再開発ビルへ導入された公益施設の傾向把握

約42%の地区で自治体による支援が行われていた。 支援内容として最も多かったのが、公益施設の導入、次いで補助金の導入であった。自治体による空き床支援不実施地区では、再開発ビルを1民間施設と捉え、公的に支援を実施すべきではないとの回答が目立った。一方、支援実施地区では再開発事業を官民連携事業と捉えていたり、中心市街地の活性化にビルの再生が重要だと回答している地区が多かった。

事業完了時に最も多く整備されたのは「文化」「集会」である。近年整備数が増加傾向なのは「行政窓口」「女性児童福祉」「高齢者福祉」である。市民の利便性向上のため、行政窓口では出張所・行政サービスセンターの整備が、女性児童福祉では子育て支援施設、託児所など児童福祉に係る整備が目立った。これは時代の要請に沿って施設傾向が変容していると言える。

公益施設の床所有形態をみてみると、取得が約66%を占める。また賃借の場合でも公益施設導入は長期間の利用が見込め、再開発ビル側にとって空き床よりも望ましい。しかし賃借の場合、適正価格での賃料が基本となり、従前用途が商業の場合、当初計画していた賃料利益に差が生じ権利者の理解を得難かったり、将来の修繕積立金に響く可能性が懸念される。アンケートでも賃料設定の妥当性や住民との合意形成が課題となった地区が確認出来た。

 

③豊田市駅西口地区にみる空き床支援の考慮点

大規模な商業床を有し、再開発事業完了後に第三セクターの保有床に公益施設整備(賃借)を行った例として豊田市駅西口地区を取り上げる。百貨店の経営不振で売場の縮小、閉店を経ており、自治体は第三セクターへ百貨店保有分の資産買収金を貸付たほか、公益施設を順次整備し、複合型商業施設となった経緯がある。 しかし現在入居している松坂屋も閉店が予定され、空き床が生じる可能性がある。 大規模な空き床は公益施設の利便性低下と公益費負担、更には経営状況の悪化を招き、自治体は資金回収に支障をきたす可能性があるため、無理にでも空き床解消のために公益施設を整備する等の追加支援を実行せざる負えない立場にある。これは再開発事業完了後に公益施設整備を伴う空き床への支援等を行うとその後、新たな空き床が生じた場合も公益施設整備を伴う支援を行わなければならない状況に陥る可能性を示唆している。

 

4.まとめ

再発事業完了地区への支援状況をから公益施設の導入は、他の支援項目と比較しても数多く行われており、再開発ビルが地域活性化にとって重要だと認識される場合、支援を受けやすいことが分かった。その一方で、尼崎市では空き床を有効的に活用し、児童・福祉業務を集約し公共施設を取り巻く課題を解決していた事例も確認できた。そのため、公益施設の実態としては、再開発事業完了地区においても時代に沿った施設が整備される傾向にあり、また長期間の利用が見込めるため公益施設整備を伴う空き床支援は再開発ビル側にとっては望ましいと言えるだろう。 一方自治体側では、豊田市駅西口地区で見たように、一度支援を実施すると新たな空き床が生じた場合、追加支援を行わなければならない状況に陥る可能性があることが分かった。しかし、尼崎市のように空き床を有効的に活用出来れば、公共施設を取り巻く課題を解決できる可能性も示唆された。そのため自治体が公益施設整備を伴う空き床支援を実施する場合、再開発ビルの空き床課題として捉えるのではなく、自治体の公共施設状況等を踏まえ、幅広い視点で検討を行う必要性があるだろう。

参考文献

1)(一社)再開発コーディネーター協会:再開発コーディネーター、 no.200、pp.37、2019

2)早乙女祐基・中井検裕・中西正彦:再開発事業地区の核店舗撤退後の床状況とその対応に関する研究、日本都市計画学会都市計画論文集、no.38-3、2003

3)村瀬大作・海老原雄紀・八木祐三郎:商業用途 を中心とした事業後の再開発ビルの競争力の維持強化とその可能性に関する研究-管理運営及び床所有形態,床利用形態に着目した事例分析-、日本都市計画学会都市計画論文集、vol.46、No3、pp.457-462、2011

4)小林敏樹・水口俊典:市街地再開発事業への公益施設導入状況の変遷に関する研究、日本建築学会大会学術講演集、 pp.533-534、2001

5)小暮哲理・松本邦彦・澤木昌典:再開発ビルの空き床に対する公共施設導入の効果に関する研究、日本都市計画学会関西支部研究発表会講演梗要集、pp.109-112、2017