SELECTION
  • 1 / 4
  • 2 / 4
  • 3 / 4
  • 4 / 4

奨励賞
小田島立宜
台東区旧坂本小学校の再生による周辺地域活性化計画 -下谷・根岸地域におけるコミュニティの再構築を目的とした文化交流拠点の提案-
修士設計

復興小学校は、1923年の関東大震災の復興事業として、地域の核として構想され、今日に至るまで残存しています。しかし、近年行われている復興小学校の再生事例の多くでは、建築本体の歴史的価値のみが保存対象となり、他の文化的価値が軽視されています。そこで私は、3つのオーセンティシティとして「建築的価値」、「地域遺産的価値」、「計画学的価値」を定義し、復興小学校の価値を複合的に価値づける再生計画によって、再び地域コミュニティの核へと生まれ変わらせることを提案します。
復興小学校は、かつて計170校が計画されました。その前期は、分離派の影響が見られるパラボラアーチなどの表現主義的な意匠、後期には装飾的要素を排除したインターナショナルスタイル的な建築が見られ、当時の建築思潮をよく表す歴史的価値を持っています。
また、卒業生である周辺住民の記憶に残り続けている地域遺産的建築であり、校庭と連続した公園の屋外運動場を一体利用するための第二昇降口の計画など、小学校を超えた利用まで考慮された計画学的特徴も持っています。
選んだ対象は、1996年に廃校になった台東区旧坂本小学校です。1926年に竣工した初期型で、表現主義的な意匠が随所に見られます。区によって建替え方針が示されていますが、廃校後の現在も様々な地域利用がなされています。

周辺には江戸時代、奥州裏街道筋に創建された寺院があり、檀家制度を介した住民と寺院の密接なコミュニティがありました。それゆえ、通常は復興小学校のコの字型平面が隣接する小公園に向けて開かれているのに対し、旧坂本小学校は南街区に面する寺院に開かれています。しかし寺院の経営悪化や幹線道路沿いの開発によって、かつての寺院と関わりあう下町特有の賑わいは失われつつあります。
私は、こうした現状に対して、図書室や屋外運動場等の地域住人が利用するプログラムを中心に据え、経営改善を目的として寺院組合が経営する納骨堂・ホテルなどを計画することで、観光客と住民と寺院とが密接に関わり合う、文化交流や観光の拠点を提案します。

3つのオーセンティシティを具体化しながら建築再生のプロセスを構築します。
「建築史的価値」を継承するため、外観上重要な部位であるにもかかわらずトイレとして利用されているR壁面部・隅角部の改修と、既存建築を尊重した増築計画を行います。

「地域遺産的価値」の継承として、建物上層部にホテルを、下層部に納骨堂を、中間層に地域交流施設を配置することで、周辺住民が愛着を持って利用できるようにします。

「計画学的価値」の継承として、上層部の増築部分にも既存の幅広の廊下空間を延長し、中庭を中心としたロの字型の回廊によって、回遊性を向上させます。

1階平面

4階平面

敷地へのエントランスは、地下鉄下谷駅のある北東を観光用、寺院の密集する南側を納骨堂用、西側の既存建築昇降口を地域住民用にします。図書室と宿泊施設の利用者は、他の機能に触れながら、昇降する動線計画です。南側に開いた中庭にはふたつのエレベーターを設け、寺院とのつながりを促進します。
1階は、東側に地域物産店などの観光用の機能、西側に地域用の機能を配置し、中庭によってゆるやかにつながる計画とします。隅角部のトイレがあった部分をエントランスへと改修し、入谷鬼子母神、朝顔市等の言問通り沿いの賑わいと連続させます。

地下1階は、西側に銭湯、北側に納骨堂を配置し、各々静かな空間となるようゾーニングしました。トイレがあったR壁面を持つ部位は地上へと続く象徴的な階段に改修しました。納骨堂は死者を弔う空間として、ガラスブロックによる柔らかい光が降り注ぎます。

2階は、北側に保育室を配置し、歴史資料館やワークショップスペースで子どもと様々な人が触れ合う計画です。講堂上部は図書室から出入りでき、中庭を観覧できます。
3階は、東側の観光情報センターと西側の歴史資料館の利用者が、北側の寺院主催の座禅室を利用できます。歴史資料館は既存の特別教室を利用し、空間としても歴史を感じられます。また、吹抜けからは1階旧手工室のアトリエを見下ろすことができます。

4階は、北側をスポーツジム、南側を図書室とし、地域住民と宿泊者が共同利用します。ホテルへの動線は、レクチャースペースや図書室を眺めながら歩くスロープになっていて、新旧の対比が現れる空間です。

5階では地域住民と宿泊者が交流するスペースを計画します。ホテル受付は吹抜けに面していています。客室の一部には墓参者のための仏壇が設置できるスペースを設け、人の死と静かに向き合うことができます。

新築部分のボリュームセットバックし、通りへの圧迫感を抑えました。随所で中庭を介して利用者が互いに視線が交錯する計画としています。また中庭はガラス屋根によって、雨天時にも利用できます。盆踊り大会や寺院の法要などのイベント時は、中庭を中心として一体感のある賑わいが広がり、下谷にハレの場を創出します。

上層の新築部分には反射性の高いガラスを採用し、昼間は存在感を薄め、夜は明るく灯るシンボリックな外観を形成します。南側では、新築部分をピロティで持ち上げ、既存建築が持っていた南側への抜けを継承します。
復興小学校を前述の3つのオーセンティシティを考慮しながら設計することで、現代の街の要素を取り込みながら寺院と住民、観光客が関わり合う地域コミュニティへと再構築しました。かつての地域の核であった復興小学校を再整備することは、街全体の再生につながると考えます。

講評
堀切梨奈子

既存建築の価値を丁寧に読み解いて設計されています。地域と外の人をつなぐ要素として、納骨堂というプログラムを選択して設計している点がおもしろいと思いました。

佐藤慎也

日本と異なり、ヨーロッパでは死者を近くに置きたくないという感覚を強く持っています。納骨堂と宿泊施設が隣接しているというような経験は、海外からの観光客にとっては新鮮かもしれないので、その点をより意識的に提案してもらえると良かったと思います。

山﨑誠子

現在、広く見られるようなファサードのみを残す手法ではなく、丁寧に既存の学校の空間を残して改修を行っている点がとても良いと思います。

田所辰之助

歴史的建築物を残しながらその上部に新しいボリュームを設計するという提案は、日本ではあまり事例が見られないので新鮮でした。新旧部分の接続のあり方についてはもう少し検討ができると、さらに提案が良くなる予感がします。

古澤大輔

新築のボリュームを、既存部分に載る部分と自立する部分で分けて設計を考えることで、構造的にもっとうまく解決する提案も可能だったと思います。