SELECTION
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駿建賞
荒井聖己
要素的復元を設計手法とした近代化産業遺産の再生・活用計画の提案 -旧志免鉱業所竪坑櫓の活用を対象として-
修士設計

近代化産業遺産は、ふたつの問題を抱えています。ひとつは、多くの遺産が主に経済的理由から老朽化されたまま静態保存または放置されていることで、もうひとつは、複数の建築で構成されていた遺産の多くが、主要な建物のみを残し、関連施設の多くが解体されていることです。
そこで本計画では、近代化産業遺産の再生活用の必要性を評価し、解体されてしまった関連施設も含めた遺産敷地全体の文脈を継承した建築を提案します。

まず、本計画で扱う近代化産業遺産を選定する調査を行いました。2020年4月現在、静態保存または放置されている遺産を対象として、「保存状態」、「再生活用計画の有無」、「公的評価」を評価軸とした表を作成し、優先順位を決めました。この結果、計画対象を福岡県志免町の「旧志免鉱業所関連遺産」としました。
志免町は福岡市のベッドタウンで、ほぼ全域が市街地化されています。志免鉱業所は、戦前は海軍の、戦後は旧国鉄の炭鉱として栄えましたが、1964年の閉山以降、次々と関連施設が解体され、一部の卸坑口跡と竪坑櫓のみが残存しています。現在は、総合福祉施設シーメイト内にあり、周囲には多目的広場などが整備され、休日には地元団体が広場を使ったり、多くの子どもたちで賑わっています。しかし、竪坑櫓や関連施設跡の周囲は、防犯と落下物の危険からフェンスが設置され、立入禁止になっています。
2013年に策定された「旧志免鉱業所竪坑櫓保存活用計画」では、遺構の現状と保存部位、公開内容、資料館建設等が検討されていますが、具体的な建築の手法は明確になっていません。
本計画では、保存活用計画を基礎に、関連施設の復元を提案し、資料館と地域活動が一体となった複合文化施設を設計します。

一般的な復元では、史料的整合性を重視するあまり、創建時の形態や構造を模倣し、そこに後から機能が当てはめられます。しかしここで私は、現在要求されている新しい機能を重視し、それに合わせて創建時の建築物を引用・改変する「要素的復元」を提案します。

図版や写真を元に、すでに解体された旧志免鉱業所の関連施設を調査し、現在の資料館建設に要求される機能に適用する設計を行いました。復元する複数の建築を、それぞれ「新設建築の要求プログラム」、「解体された建築の元プログラム・特徴」、「復元する建築を現在に適用させるために加える操作」として記述し、最終モデルを提示したシートを制作しました。これらプログラムを配置した「立体ゾーニング」に当てはめ、建築の全体像を決定します。

こうして、かつては広域に建物が分散していた志免鉱業所を、群として街の中心に復元します。動線は、資料館と地域活動拠点が渡り廊下によって接続しています。復元された建築群は、既存の遺構と並ぶことで、対比でも同調でもない、かつての鉱業所を彷彿とさせるような景観を形成します。

施設の詳細を説明します。
石炭・捨石(ボタ)・鉱員の昇降機械を設置するために建設された竪坑櫓に、遺構展示室を計画します。内部に鉄骨で構造補強を行い、外観の変更を最小限に抑えました。
櫓上部の屋内空間3層に展示室を設け、元クレーン搬入用の穴にガラス張りのエレベーターを配置し、アプローチとします。8階の展示室には、かつての巻上機の原寸大模型を設置します。また、補強構造体に取付く新設床はガラスで仕上げ、遺構内部の床や、吹抜けを見下ろすことができます。

エントランス棟は、要求される規模に一致する元機關場を復元します。外壁と構造スパンを維持したまま平面計画を行い、元々は発電機器等が置かれた外部空間を室内化しました。

第一遺構展示棟は、要求される機能との関連性、構造の一致により元第八坑本卸坑口転車機を復元しました。現存する遺構の第八坑本卸坑口の展示施設として、柱スパン、構造構成を引用し、展示空間として再構築しました。中央に遺構があり、それを覆う構成としました。

第三遺構展示棟は、要求される機能から元第八坑本卸坑口操作場を復元しました。基礎部分の室内化し、上部構造材を展望台としました。

本計画では、旧志免鉱業所竪坑櫓を「要素的復元」することで、残存していた竪坑櫓と共に、はじめから既存の施設であったかのような風景をつくり出し、歴史伝承にふさわしい場になったと考えます。近代化産業遺産の保存活用事例に対し、過去の建築を主体としながらも要求された機能を両立させる新たな設計手法です。

平面

断面

講評
佐藤慎也

特に設計のプロセスが興味深かったです。実際の社会で建築を設計する場合、機能や配置はあらかじめ決まっていますが、ここでは遺構を選ぶステップを踏んでから、「立体ゾーニング」と名付けた設計手法に注力してまとめている点を評価したいと思います。一方で、そこから先の設計についてはブラックボックス化していて、決定するための根拠が説明されていない点が気になりました。

加藤千晶

単なる「復元」ではなく「要素的復元」という方法を提示し、復元しながら新しいものをつくるという感覚が新しく、おもしろいと思いました。

山中新太郎

オリジナリティのある設計手法を評価したいと思います。「要素的復元」という手法ならば、建物の外形のような大きなスケールではなく、より細かい要素に分けて、機能ではないものを根拠にしてより厳密に再構成することもできたと思います。

古澤大輔

「要素的復元」という手法と機能についての提案が興味深かったです。現代の機能に合わせて空間を設計すると説明していましたが、実はそうはなっていなくて、プログラムや機能と形態がずれているところがおもしろいと思いました。