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奨励賞
土田和香|修士論文
日本の公共空間に設置された芸術作品に関する研究 −1990年以降の作品の設置者・制作者・受容者を通して−
修士論文

はじめに

都市景観の形成や地域文化の向上などを目的として、公共空間に芸術作品が設置されている。これらは“パブリックアート”とも呼ばれ、行政機関及び民間企業などによって、まちづくりや空間づくりの一環として考えられている。日本における“パブリックアート”の定義は非常に曖昧であり、そう呼称される以前から、日本の公共空間に芸術作品は数多く設置されてきた。古くから設置がなされてきた公共空間の芸術作品は、時代背景を映し出すものであり、その造形や主題、設置場所や方法、人々との関係性は、変化し続けている。

そこで、これまで日本の公共空間に設置された作品の展開や主題を整理し、近年行われているアート事業の実態や、作品を取り巻く人々との関係性について明らかにする必要があると考えた。

調査概要

作品の設置に際して企画や選定、設置場所の検討を行う設置者、作品の制作を行う制作者、鑑賞者であり市民とも呼ばれ、作品の受け手となる受容者の3者を、作品を取り巻く人々として捉える。また、本研究における公共空間とは、屋内外に限らず、人々が自由に行き交うことのできる開放された空間を指す。

これまでの作品事例や海外で取り組まれている芸術政策などの影響より、仏教の伝来から現代までの日本の公共空間に設置された芸術作品の展開を一体的に整理する。また、作品の設置者と制作者の双方の作品に対する主題について考察する。さらに、日本においてパブリックアートとして作品の配置がなされるようになった1990年以降のアート事業について、その実態を明らかにし、実際に設置されている作品の主題や、受容者と作品の位置関係より、作品の受容者になりうる範囲について分析を行う。

結果

仏教伝来から現代までの日本の公共空間に設置された作品の展開は、信仰の対象物として制作された宗教的な意味を含む「宗教的作品」、戦前から戦後の政治体制が強く影響した「政治的作品」、作品設置を通してまちづくりを試みた「まちを飾る作品」、そして、アメリカからのアート政策を取り入れたことでパブリックアートの概念が日本に移入した「1%事業以降の作品」の4つに区分された。

設置者・制作者による主題は、作品の設置方法並びに設置者と制作者の関係性の変化によって違いを見せていた(表1)。公共空間に設置される作品は、制作者だけでは成り立たないため、設置者と制作者との関係性が、各時代の制作者の主題設定にも現れていることが明らかになった。

1990年以降、公共空間への芸術作品の設置事業は、大規模な開発事業において継続的に取り入れられている。芸術作品の集中的な配置を通して歴史を継承することや、新たな文化を創造し、取り込む存在として期待されている。

1990年以降、細分化した制作者による主題は、幅広く受け入れられやすいものや、設置環境の形状を活かしたものが多く用いられていた。受容者と作品の位置関係より、作品の受容者になりうる範囲は、平面方向での変動は少なく、断面方向では作品の設置位置によって範囲が変動することがわかった(表2)。実際の作品は、平面方向には開けているが、断面方向は受容者の目線レベルでの視線を操作することのない範囲によるものが多かった。

表1

表2

まとめ

日本の公共空間に設置された芸術作品を取り巻く人々に着目して、展開や主題、作品との関係性について分析を行った。

公共空間に設置された芸術作品は、海外の技術や政策を取り入れながら日本独自の展開を見せており、各時代の作品の設置方法や設置者と制作者の関係性の変化が、作品に対する主題の設定に影響してきたことが明らかになった。

1990年以降の複数の作品を集中的に設置するアート事業では、人々にアートを身近に感じさせることや、都市やまちの新たな文化創造が期待される一方で、実際の作品は共感性の高い主題設定と受容者の目線レベルでの作品設置が多いことから、日本の公共空間に設置された芸術作品は、受容者の日常に無意識的に存在するものとなっていると考えられる。

参考文献

1)山口勉:新版 仏像 日本仏像史講義,平凡社,2020.6

2)田中修二:近代日本彫刻史,国書刊行会,2018.2

3)柳澤有吾:パブリックアートの現在,かもがわ出版,2017.4

4)工藤安代:文化政策のフロンティア3 パブリックアート政策 芸術の公共性とアメリカ文化政策の変遷,勁草書房,2019.8

5)馬渕かなみ,佐藤慎也:公共空間におけるアート作品に関する研究−再開発計画により設置されたパブリックアートを通して–,日本建築学会学術講演梗概集,pp.75-76,2011.7