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吉田鉄郎賞
西本匠|修士論文
水資源を活用した地域活性化施策の実態と展望に関する研究 -全国調査に基づく事例の検討-
修士論文

1.研究の背景と目的

わが国は水資源が豊富で、河川や湧水などの自然環境を有している。そして水は、古来より生活用水として利用されるのみならず、農業用水や工業用水としても利用され、人々の暮らしを支えてきた。近年は、水資源をまちづくりに活用する関心も高まりを見せ、地域活性化に取り組む事例も見られる。

本研究は、全国の水資源を活用した都市整備によって地域活性化に寄与していると考えられる事例を収集し、体系的な把握や、その実態と効果を明らかにすることで、都市の中の水資源を活用した地域活性化施策の今後のあり方を明らかにすることを目的としている。

2.水資源を活用した地域活性化施策の調査方法

全国すべての市町村1,741(特別区を含む)を対象に、都市総合計画を対象とした文献調査を行った。本研究では主に、都市総合計画の中でも、「基本計画」の部分に、まちづくりにおける「水資源の活用」に類する言及が存在した場合、以降の対象都市として抽出することとした。調査の結果、「水資源の活用」への言及が見られたのは467であり,今後はこの467都市を研究対象とする。

さらに文献調査を行い、対象都市で実際に行われた事業を体系的に把握した。その結果、水資源を活用した地域活性化施策により、都市の中に「拠点」や「線」、「ネットワーク」が形成され、大きくこの3つに分類することができた。

図1「拠点」「線」「ネットワーク」の代表事例

3.水資源を活用した地域活性化施策の実態と展望

3分類を受けてそれぞれの代表例と考えられる全国23箇所の実態調査(現地踏査とヒアリング調査等)を行った結果、水資源を活用した地域活性化にあたり、地域住民による施設の維持管理が欠かせないという実態が明らかになった。

神奈川県秦野市の「今泉あらい湧水公園」では、日常的な維持管理は、地域住民主体で行うことが望ましいとの考え方から、 2020年4月に秦野市諏訪町自治会が母体の「公園愛護会」が創設され、「今泉あらい湧水公園を愛する会」がその下部組織として日常的な清掃活動を行っている。公園の清掃活動は年6回行われ、1回あたり約70~120人が参加し(2021年度)、現在でも新旧の住民が混じり合いながら交流を深めている。

また、兵庫県神戸市兵庫区の松本地区では、地区の東西を流れるせせらぎが地域住民によって守られている。兵庫県南部地震からの復興にあたってせせらぎが計画され、当時は、反対意見も挙がったとされるが、「コミュニティの維持には多少“世話が焼けるような”装置が必要」との考え方からせせらぎを引くこととなった。「せせらぎの汚れはコミュニティのバロメーター」と捉えられ、月に2回地域住民による掃除を行っている。現在でもせせらぎは、水生生物や花が見られる潤いある空間として維持され続けている。

事例に基づく分析から、水資源を活用し地域活性化を図るには水資源を地域全体で「守り・育て・引き継ぐ」という意志が重要と考えられる。自らが過去、子どもの時に地域の水に触れたり、水辺で遊んだりした楽しい思い出を、次の世代にも同じ場所で経験させたいと考え、また、新しく地域にできた水や水辺が将来にわたって誰にとっても居心地が良い場所となり続けるように願い、地域住民主体によって日常的な維持管理が行われていく必要がある。

図(左):神奈川県秦野市・今済あらい湧水公園(2023年1月8日 筆者撮影)

図(右):兵庫県神戸市兵庫区・松本地区せせらぎ水路(2023年2月5日 筆者撮影)

4.結論

水資源を活用した地域活性化施策により、都市の中に「拠点」や「線」、「ネットワーク」の空間が形成され、憩いの空間の誕生や滞在者数・観光客の増加、景観向上、清掃活動等の維持管理を通した交流機会の創造等の効果が生まれている。

今後は行政が水資源を活用した都市整備を行い、整備された公園や水路等を地域住民が、収益施設を民間が、愛着を持って、維持管理し続けていくことが望ましいと考えられる。

これからの時代において行政が維持管理のすべてを負担することは難しく、また、たとえ負担することができたとしても、日常的な地域住民による維持管理の機会がなくなれば、地域住民がそれまで持っていた施設への愛着も次第に薄れ、使われない空間になってしまう可能性もある。 今後は、行政が水資源を活用した施設を設置するハード整備を行い、さらに住民による維持管理などのソフトの活動をサポートしていくことが大切である。

今後目指されるコンパクトシティのような都市を縮小していく必要が出てきた際に、都市の中の「水資源の存在や流れ」に着目することで、今後の都市づくりの方向性を見出していくことができるのではないかと考えられる。

参考文献

1).川口早, 「子どもたちの未来へつなぐ『思い出に残る場所を目指して』~川の駅『伊豆ゲートウェイ函南』~」, 「河川」, 公益社団法人日本河川協会, pp36-40, 2022.4

2).日経コンストラクション, 日経BP社, pp12-17, 2009.6.12

3).京都市 まちづくり交付金 事後評価シート(洛中地区)平成21年3月

4).北九州市ホームページ 八幡高見地区(2023.01.20閲覧)

https://www.city.kitakyushu.lg.jp/ken-to/file_0267.html

5).国土交通省 まち再生事例データベース 事例番号082 せせらぎでにぎわいのまちづくり(静岡県三島市)(2022.01.20閲覧)

https://www.mlit.go.jp/crd/city/mint/htm_doc/pdf/082mishima.pdf

6).令和4年度 三島市 市民意識調査 報告書(2022.01.20閲覧)

https://www.city.mishima.shizuoka.jp/ipn052207.html

7).再生の街 水谷門下生の震災15年(中)神戸市兵庫区・松本地区 心つなぐせせらぎ, 産経新聞, 2010.1.15, 朝刊, 2

8).月刊下水道, 株式会社環境新聞社, pp35-38, 2011.2