SELECTION
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駿建賞
杉村和紀
重要文化財「吉島家住宅」の再生と分析 -吉島家住宅固有の空間を利用した展示施設の設計-
修士設計

飛騨の建築技術は古くから神社仏閣の建立に関わるなど日本有数のものであり、「吉島家住宅」はその技術が反映された町家です。立体格子状に組まれた梁組は、特に優れた意匠であり、この梁組のある本屋、そして中庭と文庫蔵は国の重要文化財に指定されています。日本の民家の最高峰ともいわれる吉島家住宅は、過去に2度の再建と1度の大改築が行われており、大正11年(1922年)の大改築後がこの建築の最大規模でした。しかし財政難により屋敷の約3/5を失い、失われた部分は現在市営の駐車場となっています。大正11年当時の空間についての正確な図面は存在せず、6代目当主である吉島忠男氏が、自らの記憶を元に描いたスケッチ、そして数枚の写真、図面が残るのみです。

本計画では復元を通して大正11年における吉島家住宅の空間を考察し、その特徴を活かした設計の可能性を検討します。なお、本計画での復元は、完全な再生ではなく、調査を行い、整備を提案することと定義します。
復元の調査では、参考書籍として『重要文化財吉島家住宅』を用い、図面、現存部の写真、大正11年時の吉島家住宅に関する記述とスケッチから情報収集します。加えて実測調査、現吉島家当主への聴取を行います。

吉島家全体での機能・空間の使われ方によりAからFまでの分類を行い、特徴的な要素を分析します。結果としてD、E、Fから8つの特徴を抽出し、空間ごとに設計可能性とその実践について考えます。
Dから、3つの要素を抽出しました。D1は、「蔵と蔵の幅が狭いことによる奥まった空間」、「蔵の配置による迷路のような空間」が特徴です。そこで、人が通れるよう蔵同士の間隔を広げ、その空間の特徴が消えない程度で平面に変化を付けました。D2では、屋根の特徴に着目し、大屋根によって領域を拡張し、その下に新たな空間と機能を挿入します。当時の吉島氏はここを遊び場としていたそうで、蔵の内部から大屋根の高さまで上れるよう設計し、当時の遊び場のような空間を再現します。D3は、「大屋根を支える部材」でありながら、それ自体が「意匠的な価値」をもちます。
Eからも、3つの要素を抽出します。E1の特徴として、「通風・採光・雪落のための空間」、「異なる分類の空間同士の中間領域」であることが挙げられます。展示動線上に配置することでシークエンスを生み出すよう計画します。E2からは、分節する「床の材の違い」、そして蔵ごとの「内部の異なる分節のされ方」を特徴として抽出し、動線、分節の違いによって空間の利用方法に変化が生まれるよう設計します。E3の特徴として、「遊び場のような空間」、「眺望がきく場所」であることを抽出し、本来下屋であった部分をデッキにして、当時の体験ができるような空間とします。
Fでも同様に、F1では蔵に新たに開口を開け、蔵-下屋-庭を一体的に利用できるよう、F2では庭を大工の作業空間として、また祭事の際には祭りの拠点となるよう計画します。吉島家の修理や管理などを行う場となります。
以上の空間の特徴分析と設計可能性を踏まえ、復元空間を展示空間として設計します。工房も複合して、伝統工法の技術継承に寄与する場となるよう計画します。

2階平面

1階平面

吉島家住宅は重要文化財指定の有無、一般公開されているかどうか、大正11年当時の空間が残っているかどうかによって5つに区分されますが、本計画では区分c、d、eを対象に設計します。
伝統工法にはそれを取り巻く様々な課題が存在し、技術継承が困難な現状があることを踏まえ、建築のプログラムを考えます。運営計画は、江戸時代の町内会組織単位である「組」に着目し、吉島家住宅の所属組である豊明台組町並保存会を中心とした運営団体を計画します。
1階平面では、復元部分の展示は現存部からアクセスするようにして、各展示室のほか、蔵の隙間、画廊、光庭、下屋など、酒蔵を中心に一周できる動線計画です。2階平面では、現存部の梁組を1部利用して梁を組みます。各蔵の2階は1階を補助する空間として機能します。

断面は、分析で得られた特徴的な空間を活かして設計を行いました。漬物蔵の下屋であった部分はデッキにして当時の体験ができるようにして、米蔵であった部分は蔵の開口を増やし、搬入する際の荷解室、兼収蔵庫として計画しました。2つの機能は床の素材の違いにより分節されます。そして架構・大屋根・梁組はそれら自体が展示でありながら、復元部分と現存部分、各展示室をつなぎます。

蔵の隙間を活かした空間は展示動線上に設置し、移動しながら当時の空間を体験できます。庭に面する蔵には新たに開口を設け、部分的に開いた空間として利用します。下屋は蔵と庭の中間領域となり、蔵・下屋・庭を一体的に計画しました。
また、もうひとつの庭に接する蔵は大工の工房、休憩する場とし、開放的な庭が作業空間や祭事の拠点として活用できるようにしました。

吉島家住宅の大正11年における空間の特徴を分析し、一部では復元、また一部では整備を行うことを、これからの復元の手法のひとつとして提案します。

講評
田所辰之助

推測による復元はしない、という大前提がありますので、別の用語を用いた方が良いかもしれません。復元する際の根拠とその妥当性、オリジナルに関する正確な情報の入手および検証も、修士研究のプロセスのなかで重要になってくると思います。

山中新太郎

大屋根の下に独特な空間性があります。入れ子状になっている部分に可能性を見出し、展示というプログラムを新たに入れていることを評価したいです。

重枝豊

町屋と下屋と一体化した蔵という事例は非常に少ないです。そうした中で、原初的な姿をイメージさせることの意味は大きいと思います。