LECTURE

Super Jury 2021 ショートレクチャー
石川初(慶應義塾大学環境情報学部教授)
REPORT

私は東京農業大学農学部造園学科を卒業し、ゼネコンの環境設計部に27年間在籍し、ランドスケープの設計をしてきました。日本大学の近くの、お茶の水仲通りも担当していました。その一方で、GPS(全地球測位システム)を使った遊びをしていました。GPSを常に持ち歩き、20年間、自身の移動記録を取っています。たとえひとりの活動であっても、長く続けると記録は膨大な量になるので、「ひとりビックデータ」と呼んでいます。位置の記録だけでなく、移動速度や滞在時間を反映させて描くと、より自分の実体験に基づいた地図になり、自分の場所への関わりの密度が浮かび上がってきます。

GPSを持って街を動いて地上絵を描くこともしていました。2005年には「タモリ倶楽部」というテレビ番組で、世界最大のタモリさんの似顔絵を描いたこともあります。飼い猫にGPSをつけて取った記録もおもしろく、猫の行動を見るといかに人間が不自由な動きをしているかがわかりました。

2015年に慶應義塾大学に着任しました。研究室では「ランドウォーク」と称したフィールドワークを頻繁に行っています。最近は東京の地下だけを歩いてみたり、多摩丘陵の造成が進む住宅地開発地区周辺を歩いたり、三島の水の生活景を見に行ったりなど、様々な場所を歩く試みです。その体験を持ち帰り、みんなで議論をしながらまとめることで、街の構造を分析しています。
京都府宇治市で「アーバンデザインセンター宇治」の立ち上げに協力し、市民と一緒にまちづくりにも取り組んでいます。宇治の地図をつくったり、ワークショップで子どもたちと宇治の色を集めて、それをクレヨンにするプロジェクトも計画しています。
2016年から徳島県神山町で農村風景がどのような人々の生活によって形成されてきたかを調査するプロジェクトを続けています。伝統的な石積み技術を使ってコンクリートの破片を美しく積んだ擁壁を「ハイブリッド石積み」、山間部の農村地帯の用水路に住民がかけた小さな橋を「パーソナルブリッジ」などと名付けたり、ものづくりに長けた農家のおじいさんたちを「FAB-G」と呼んでその工作を観察・記録しています。「レゴでつくろう神山の風景」という作品は、2018年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展にも出展されました。

これらの研究成果は『神山暮らしの風景図鑑』というビジュアルガイドにまとめ、町の皆さんにお返ししました。
コロナ禍の2020年は調査に赴くことができませんでしたが、2021年は原点回帰で、ロイヤルメルボルン工科大学ランドスケープ学科との共同プロジェクトとして「ポスト・アグリカルチュア」というテーマで農風景のスタディを行っています。

例えば農地が農地として見えるのはなぜかという根源的な問いを立てて、風景をつくる要素や言語を抽出し、整理している最中です。神山の農家の多くは兼業農家で、商売のためではなく自家消費のための農地「まかない農地」が沢山見られます。このような、経済(産業)や政策とは異なる論理で維持されているゆるい個人の農地の重なりが、神山のような地域の農風景を存続させていくヒントになるのではないかと考えています。
[2021年9月25日 @日本大学理工学部建築学科]