LECTURE

Super Jury 2022 ショートレクチャー
佐藤淳(佐藤淳構造設計事務所、東京大学大学院新領域創成科学研究科准教授)
REPORT

2010年に東京大学で研究室をもってから、10年以上にわたり半透明で軽量でムニュっと壊れるような、「壊れても死なない構造」に取り組んできました。今日は近作を紹介します。
構造を考えるうえで最適化は欠かせませんが、特に近年は局所に凹凸を与えるといった「局所最適化」に着目しています。
そのひとつが、研究室の大学院生が見つけた「花柄ディンプル」です。薄い板にディンプル(窪み)をつけると剛性も強度も高くなりますが、花柄にすると俄然強くなることがわかりました。面自体は柔らかくなって伸び縮みしやすくなりますが、薄い板が飛び移り現象で展開することに有効です。銅板でもガラス板でも、応力に応じて花が咲き誇るような模様を施したり、全体形状の自由度が増す可能性を感じています。

もうひとつの最適化が「多目的最適化」です。いまや多目的最適化の時代といっても過言ではありません。建築を形づくる要素として、力学だけではなく、環境要素も取り込んで最適化を図る時代です。

こちらは光と力学を同時に最適化するファサードのプロジェクト「Tensegrity Façade Project」(2021年)です。4つの端点をもった植物の枝のようなモジュールをテンセグリティ(「テンション=張力」と「インテグリティ=統合」の造語で、バックミンスター・フラーによって提唱)としてつないだファサードシステムです。4つのポイントさえ共通なら、形は自由にデザインができます。
研究室では、光を透過させる木漏れ日のような空間をつくり出せないかと研究を進めています。力学的には、重量を減らしつつ、剛性を増すという評価指標で多目的最適化を行います。同時にスペクトル解析によって木漏れ日などの様子を持たせて、ナチュラルな風景をつくる手法を試みています。

こうして研究してきた構造デザインの知見を活かして、現在提案しているのが「Lunar Mars Base Camp」(2021)です。これは月や火星に人が滞在するために、即時展開できるベースキャンプです。行政・研究所・学識者等によって進められている「宇宙無人建設革新技術開発推進事業」のひとつとして、2021年からJAXAと協働しており、2022年から九州大学とも協働し国土交通省から検証を進める事業のひとつに選ばれました。
月や火星には直径50〜100mもの「縦孔」が見つかっていますが、滞在時はこの内部に居住することが良さそうだとされています。地表面は110℃〜−170℃と温度差が激しいのですが、洞窟のようなクレーターの内部は0℃前後に保たれており、放射線や隕石も防げるからです。一方で、ソーラーパネルは地表面に配置し、滞在モジュールとは昇降リフトでつなぐ必要があります。これらを極めて簡素な構造で、軽量かつコンパクトに畳んで持っていくというアイデアです。ランディングののちに、半自動的に空気圧で展開していくシステムです。

滞在モジュールの実物は、幅10m×奥行き20mを想定していますが、2021年に5分の1サイズのモックアップで展開試験を行って概ね成功しました。滞在モジュールは、コンテナからリリースされたボディが枕型に膨らむのに合わせて、床フレームも同時に広がることで構築時間を短縮し、素早く居住が開始できる仕掛けです。このボディの展開時に花柄ディンプルが役立ちます。座屈の一種で飛び移りという凸凹が反転する現象が起きますが、その際に曲げに強くて面が伸び縮みする特性が有利に働きます。
その他、二重扉のエアロックや着地時の足の開発、また宇宙居住では緑化が必須とされているので、高密度に緑化する手段を東京大学農学系の先生たちと一緒に研究しています。

航空宇宙学の先生たちは基本的に飛ぶものに興味をもっているので、地上に構築するものの開発は私たち建築の領域です。宇宙は夢が膨らむ分野で、ノーマン・フォスターをはじめとして、既に多くの人によって緻密な宇宙居住の想定図などが描かれていたりします。それらに対して、これは宇宙に住むための最初の段階の提案です。建築領域のみなさんにも興味をもってもらえればうれしいです。

[2022年10月1日 @日本大学理工学部建築学科]

佐藤淳