LECTURE

Super Jury 2020 ショートレクチャー
高橋堅(高橋堅建築設計事務所)
REPORT

皆さん、こんにちは。よろしくお願いします。
さて今日は皆さんに、ひとつ言葉を贈りたいと思います。ルイス・カーンの言葉で、「Being an amateur is the best way to be an architect.」というものです。「建築家になる最良の方法とは、常にアマチュアであることだ」といった意味合いでしょうか。私が学生の頃に、建築家の新居千秋先生から教えていただいたフレーズです。新居先生はペンシルバニア大学の大学院修了後、師であるカーンの事務所で働いていた時に、この言葉を投げかけられたそうです。建築にまつわるありとあらゆる知識を吸収し、仕事をこなし、皆徐々にプロフェッショナルになっていくわけですが、その過程が体系化していればしているほど、それらを疑問に思うことはなくなってしまうでしょう。なぜこうなっているのだろう、どうしてこんな決まりごとがあるのだろう、という問いをいつまでも立て続けられるアマチュアリズムこそが、実は逆説的に建築家になるために必要な資質であるということを示唆しているのだと思います。若い時に生きた言葉を教えてもらうことはとても幸せなことですよね。そして言葉は人を介してこそ伝わるものだと思っています。新居先生、そして私に突き刺ささった言葉を、今日また皆さんに伝えたいと思います。
作品紹介とのことでしたが、後に勝矢さんの巨大プロジェクトの紹介なども控えているでしょうから(笑)、私は逆に今までで一番小さな作品を紹介しようかと思います。漆器のデザインの仕事です。独立したてでまだ建築の仕事があまりない頃、友人に誘われてプロダクトのデザインをしていた時に、舞い込んだ話でした。
漆器には様々なタイプがあるのですが、依頼主は漆器の元となる器を全て轆轤(ろくろ)を回して切削する伝統を守っているところでした。何百年も回転体としての器をつくっていると、ほぼすべてのパターンが出尽くしてしまうわけですね。彫られる方は人間国宝の彫師で、それはそれはすごい技術を持っておられるわけですが、数百年の歴史のなかであらゆるバリエーションが出尽くしたように思えたところで、販売元が外部に何か良い知恵がないだろうかと依頼をいただいたわけです。
回転体とは、あるカタチをZ軸周りに360°回転させたものです。3Dソフトでパラメータを変えれば、どんなカタチでも瞬時にできるような気がするかもしれません。しかし、物理的な木材の大きさや堅さ、器としての合目的性などのフィルターにかけて不合理なものを排除していくと、あらかたのカタチは出尽くしてしまうのですね。
そこで私はまったく視点を変えることから考えを進めました。まさにアマチュアリズムです。漆器は英語で「japan」と言います。国のJapanと区別するために、jは小文字です。もちろん東南アジア各国で漆器はつくられていましたが、特に日本の技術は秀逸で、いつしか漆器のことをjapanと呼ぶようになったわけですね。一方、陶磁器はchinaと呼ばれます。皆さんもBone chinaという名称を聞いたことがあるかもしれません。昔から陶磁器は中国のものが秀逸だったわけですね。中国へ行くと茶葉を蓋付きの陶磁器のカップに入れて、蓋を少しずらして茶葉を濾しながら茶をすすって飲みます。器は熱くて火傷しそうな温度です。そんなシーンを思い起こしていた私はピンと閃きました(笑)。「中国茶を飲むための漆器は今までつくってこなかったのではないか?」というものです。japanとchinaのまさかのフュージョンです。先方の答えは……、「ない」でした!
思いつきでカタチを出しても、それは100年程前にありましたとか、ああそれはもっと前に……、と言われ続けたなかで、ついに今までにない切り口を見つけたわけです。木製であれば熱も伝わりにくく、ゆっくりとお茶を楽しむことができます。
回転体として器と蓋のセットをつくり、蓋だけを斜めに切り落とすと、茶葉を濾すスリット状の飲み口が生まれます。飲み口と器の口当たりを考えて凹面の上面デザインも決まりましたが、これによりこの器は不思議な光を帯びることになります。
漆というのは黒ければ黒いほど、周囲を映し出し、その表面性が揺るぎ始めます。単に黒いだけではなく、この状態こそがまさに漆黒というものではないかと考えていた私にとって、まさに会心のできあがりと相成りました。中国茶に敬意を表して、烏龍茶を飲むための杯(さかずき)という意味で烏龍杯と名付けました。

烏龍杯(wulong bei)、中国茶を飲むための器です。茶葉を入れたまま、お湯をたして何杯でも頂けます。漆器なので熱くなりませんし、口の中に茶葉が入らないようにもなっています。お気に入りのお茶を、さらに身近に。
烏龍杯は後にCassina IXC.で数十客限定で販売していただきました。人が彫るものなのでたくさんはつくれないのですね。でも、大量生産品でない方が話としては美しいかもしれません(笑)。アマチュアリズムが価値を創出する一例として紹介させていただきました。
[2020年9月26日 @日本大学理工学部建築学科]