LECTURE

Super Jury 2022 ショートレクチャー
津川恵理(ALTEMY、東京藝術大学美術学部建築科教育研究助手)
REPORT

私は2015年に早稲田大学大学院の古谷誠章研究室を修了し、組織設計事務所に3年勤めたあと、新進芸術家海外研修制度という制度を利用してニューヨークへ向かい、ディラー・スコフィディオ+レンフロ(DS+R)というデザインスタジオで1年半ほど働きました。
DS+Rの代表作のひとつは、高架鉄道の約2.3kmにわたる跡地をパブリックスペースにした「ハイ・ライン」(2009)です。ニューヨークでとても衝撃的だったのは、公共貢献の精神が成熟していて、街のみんなで都市の文化的価値を高めていこうという姿勢があったことです。短期的な収益に捉われず、都市に対して長期的なスパンで投資を行う考え方と仕組みがありました。その様子を目の当たりにして、日本ではどのような公共空間が生まれ得るポテンシャルがあるのか、建築家として挑戦していきたいと思うようになったのです。

そこで自分でもプロジェクトを仕掛けていこうと、2018年にマンハッタンの歩道空間を舞台として鏡面仕上げの風船を大量に浮かせる都市実験を行いました。のちに神戸の商店街でも実践しています。土木的なスケールのなかに、ひとりひとりの感性や個性が溢れる都市空間をどうしたらつくれるだろうか、という問いに基づいた仕掛けでした。歩行者は風船を叩いてみたり、はじいたり、写真を撮ったりと概ね好意的に受け止めてくれるという成果を得ることができました。

「Spectra-Pass」(2021)は、神奈川県・箱根町に建つ「ポーラ美術館」のエントランス空間に設置された、チケットカウンター前の誘導装置です。既製品のベルトパーテーションによって行列をコントロールすることは一般的ですが、ポーラ美術館はもっと美術を鑑賞する前の空間としてふさわしい場になってほしいという希望を持っていました。そこで、列に並ぶという行為がその人の感性にいかに関与していけるかを考え、「気がつくといつのまにか列に並んでいる」という状況をつくり出そうという試みです。高精度の磨きをかけた細いパイプを曲げ、一筆書きの線として3次元的に展開・自立させています。ベルトパーテーションがもつ、列の長さに応じて形を変えられるという機能性は、7つの小さな可動ユニットによって確保します。パイプで囲まれた空間の内部に身を置くと、場所によって風景の印象が移り変わっていきます。

撮影:生田将人

「サンキタ広場」(2021)は、楕円形状を基本とした構造体が連結することで、人々が滞在する場をつくり出そうというものです。私は既存広場のリニューアルにあたって開催されたこのデザインコンペで最優秀賞を受賞したことを機に、ニューヨークから帰国して独立しました。建築が機能を限定せず、使い手自らが身体にちょうど良いポジションで好きなようにふるまってほしいという思いから、場所によって高さや勾配などが異なるように設計しています。
構造体は、アルミニウム合金造と鉄筋コンクリート造のパーツを組み合わせています。土木的な造成勾配や雨水排水を考慮したうえで、身体が触れるスケール感を3次元曲面でつくり出すという点が難しいポイントで、職人さんはじめたくさんの方の協力によって実現しました。いざオープンすると、子どもたちがプレイグラウンドのように遊んでいたり、ベンチに寝そべっている人がいたり、カウンターのように使われていたり、予想を超えて使い倒されています。

デザインによって人は開放的になり、ふるまいによって個性が表出すること、その積み重ねが都市の公共空間をつくり、文化として根付いていく未来の可能性を感じています。

[2022年10月1日 @Zoom]

津川恵理