Super Jury 2023 ショートレクチャー
岩瀬諒子(岩瀬諒子建築設計事務所主宰、京都大学助教/ETH客員講師)
REPORT
独立して12年が経ちました。私の主宰する事務所の作品の特徴として、建築単体のデザインだけではなく、土木やランドスケープを含めた横断的な手法でデザインをしていることが挙げられます。どちらかというとそれは結果的な特徴であって、それぞれのプロジェクトで設計すべき対象を見極めて向き合っているうちに、各分野での設計の規範などを越境してしまうことがある、といった方が正しいかなと思います。
「スケール」や「マテリアル」といったごく基本的な共通事項を手掛かりに設計をしていますが、実践の先に起きる化学反応を楽しみつつも、それらの総体がまだ見ぬ新しさにつながることを期待しながら活動をつづけています。
ガラスのパビリオン KUSANAMI/2013
Photo: (c) Erieta Atali
独立当初の作品「KUSANAMI」では、スマートフォンやTVのディスプレイに使用されている薄板ガラスを使用しました。最大寸法で自立させようとするとペラペラで不安定なのですが、その性質を活かして、どこまでが光でどこまでが影かわからなくなるような揺れるパビリオンを設計しました。
他にも橋梁で使用されるようなワイヤーロープを家具に転用し、原理的には60mのロングスパンで脚のない机を構想可能なシステムを考案しました。一つ一つは小さなプロジェクトなのですが、様々なマテリアル、スケールの横断的な設計手法を実践しています。
我々の事務所で取り組むプロジェクトは、設計資料集成に頼れない設計対象が多いです。例えば、私が初めて設計したのは堤防でした。参考となる規範や事例がない中で何をデザインすべきなのか悩み、苦労しましたが、その経験が自分の設計活動の思考のベースになっています。
トコトコダンダン[木津川遊歩空間]/ 2017
Photo: 新建築社
今もリファレンスがないプロジェクトに取り組んでいることが多いのですが、わたし自身のデビュー作品「トコトコダンダン」はまさにその類のものでした。コンペの要綱には機能として川沿いの「遊歩道」と「広場」の設計をしてくださいと記載があり、私も最初はそのつもりで設計していました。
現場に入り、思いもよらないところから堤防が発掘されたのをきっかけに、既存の堤防の歴史を調べたところ、既存の「カミソリ堤防」の断面図から、半世紀にわたり水害や震災のたびに改修してきた履歴が今の護岸になっていることを知りました。今回自分が手を加えることは、「新しく作る」ことよりも、こうした歴史を更新すること、即ちこれからのまちと水との関係を提案することがテーマだと考えるようになりました。
そこから“堤防のリノベーション“と呼ぶことになり、行政の人とも連携して、かなりチャレンジングなことも実現できました。例えば人間のいるエリアに高潮位の時には水が入ってきてしまうゾーンをつくるなどです。水は入ってきたら危険と捉えられがちで、現行のカミソリ堤防だと日常時の水の変化を認識するきっかけがありませんが、災害時のみならず水位の変化を日常的に実感しているほうがむしろ安全ではないかと考えています。
そういった経緯もあり、プロジェクトの「呼称」についても特に大事にするようにしています。例えば住宅を設計するときなど、「住宅」というプログラムをブレークダウンして「住む場所」とか「野原で暮らす」というような感じで据えて“いわゆる住宅像”からスタートすることを避けるようにしています。
満寿美公園/2020-(日建設計シビルとの共同プロジェクト)
Photo: 新建築社
日建設計(当時は日建設計シビル)のチームと協働した大阪の公園です。元々はトイレの建築を作ってほしいという依頼だったのですが、最終的にチームとして公園全体を一体でデザインすることになっていきました。敷地はフラットな場所だったのですが、そこにある土を移動するだけでいろんな居場所を作りました。
公園にトイレを作ると裏側が生まれますよね。ちょっと暗いし嫌だなと思って、どうやったら裏側をなくせるだろうと考えたことが、このようにトイレの建築を地形に埋設するという地形デザインのアイディアにつながりました。「子供のための場所のアイコンとしての遊具」はなく、小さな公園の中で大人や高校生も時間の流れとともに出たり入ったりするような空間です。フェンスを無くしたことも大きなチャレンジでしたが、そのことにより、丘が柔らかな境界として寄与しています。
現在事務所では、日本で有数の小さな動物園を計画しています。
多くの動物園では、次々に動物を展示として見ていくようなスタンプラリー的な流れの体験になっていると思います。私たちのチームでは、週末のエンタメとしての動物園から脱却し、人間と動物が同じ空間に憩って居合わせるような日常のなかの空間として設えられないかと考えています。動物と人間がイコールな関係に感じられ、過ごしたくなる場所をどうにか作れないかと、空間の問題として設計に取り組んでいます。