Super Jury 2024 ショートレクチャー
柿木佑介(建築家/パーシモンヒルズ・アーキテクツ)
REPORT
私の名前である柿木と、パートナーである廣岡の2人の建築家の名前を英語にして合体させた名前が事務所名です。二人とも大阪出身で関西大学で学部時代を過ごした同級生。設立当初から高円寺と川崎の二拠点でオフィスを構えていまして、スタッフはそれぞれに所属して合計8名の組織です。
みんな住む場所とオフィスが近いので通勤の時間も短縮できるし、それぞれの街での生活や体験、コミュニティを大事にして、全力で楽しく生きて、集まったときに面白い意見をぶつけ合おうぜ!という心持ちでやっています。
そういう働き方も含めた僕たちのスタンスとして、「価値を重ねる」というキーワードを大切にして活動しています。
この図は「今自分たちが建築をつくる」ということが、「過去から未来への時間軸の中のあるひとつの地点に立って、知見を紡いで橋渡ししていく行為である」ということを表したものなのですが、「ある環境に対して建築をつくる時に、過去からの知見の蓄積によって、現時点での与件が出てきて、それが計画と技術に大きく影響を与える。そしてそれらがどういう存在として立ち現れるか。最後にそういったことから新しい知見を見い出して未来へと投げかける」ということを表現しています。
今という地点から考えると、昨今の社会情勢の中、多量多品種の施設をそのまま維持し続けることが困難になってきたことや、施設の規模縮小や統廃合が進んでいくと、異なる計画を重ね合わせる必要がでてきます。
また、更新する際はゼロからではなく、地形・敷地など周辺にあるものを尊重しながら進めていく必要もあり、新旧の存在を重ねていくことも重要です。リノベーションなどはまさにそうですよね。新築であっても、元からある環境に対して新しいものを重ね合わせていくことが本来の建築の在り方だとも思っています。
そして、これらを技術によって重ね合わせて三位一体となって環境と応答する。
これに加えて、価値観が多様化し続ける社会、建築設計業務の範囲や建築家の職能も拡大しつづけていて多種多様な意見を重ね合わせて建築をつくっていく必要があります。それによって建築の与件が変質します。
言い換えると、多種多様な意見を取り込んで与件を変質させて、近代の産物であるプログラムやビルディングタイプを疑い、そこから新しい形や立ち方を見い出す、そして技術によってそれらを重ね合わせる、ということです。これを一言でシンプルに言い表すと「価値を重ねる」という表現になりました。
宝性院観音堂
Photo: Kai Nakamura
独立してすぐに手がけたお寺のプロジェクトをご紹介します。配置計画によって参道、駐車場、中庭をつくり、お堂の側面に大きな広場を設ける構成にしました。
お堂は、正面から観音様と向かい合うと構造体が集中線のような効果を生み、その象徴性が高まり、両側のトップライトの光が静謐さを演出します。一方で、中庭から見ると、観音様が見守っている大きな舞台のような、縁側のような場所になります。捉え方によって2つの性質が共存しうる建築をつくりました。
この2面性によって、宗教活動はもちろんのこと、ここを訪れた人たちが、ここでこういったことがしたい、と次々にいろんなイベントが立ち上がり、良い連鎖反応が生まれています。
二戸一の大きな家
Photo: Yasuhiro Nakayama
次は賃貸用の二連長屋です。2つの住戸を将来的に一体化してひとつの大きな家にしようという計画です。この辺りは元々農村集落で、堂々とした屋根の構えをもった大きな家がありましたが、宅地開発で土地も家も歪に細切れになってしまいました。
当初求められたものは、100㎡くらいの賃貸用の戸建てを2棟建てるというものでした。それに対して、土地と家を一体化して斜線制限からの逃げをとり、堂々とした屋根の構えをつくりながら、将来的に界壁を壊して内部を一体化してひとつの大きな家にして、新しい住宅のストックにするという提案をしました。見た目は1つに見えますが、左右それぞれに住戸が入っています。
森のなかの幸せ工場
最後に、現在取り組んでいる工場のプロジェクトを紹介します。この工場では、ロール状になっている鉄を引き延ばしてカットする作業が行われます。
この鉄のロールは1つが15トンぐらいあるため、持ち上げる際に傾いて人に当たったり、下敷きになったりしたらひとたまりもありません。なので、安全管理を徹底しなければいけない工場です。また、オペレーターの目に直射日光が当たるといけないので、窓があったとしても基本的にはカーテンやブラインドなどで閉めておかないといけません。製造ラインやクレーンの配置にも決まりがあり、工場自体の計画はかなり自由度が少ない条件でした。
新しい工場を作るにあたって、この閉鎖的な労働環境を改善できないかというご相談を受けました。すでに別の設計者がいて、私たちは当初外観デザインのみの監修でしたが、その設計者の方が一緒にいいものを作りましょうと言ってくださって、若干の配置調整や開口部の変更に柔軟に対応してくださいました。非常に恵まれたケースですね。
元々決まっていた建物配置からほんの少し2度だけ角度をふって、敷地境界線から引きをとり、そこに細長いL型の建物を作ることを提案しました。工場への日射を遮ると共に、オフィスや展示スペース、カフェ、休憩所、会議室など多様な機能を担っています。
この建物を作ることで工場内部は明るく開放的になります。風や光の入り方、
現在、工場が完成したらどのように使っていくかなど、社員の方々と様々なワークショップを通じて話し合いながら進めています。ワークショップでは鉄と何かを組み合わせて具体的に物づくりをしてみたり、鉄の可能性を広げることを意識しています。単なる製造工場じゃなく、鉄に関わるものづくりの実験場みたいなイメージで建築に反映できたらいいなとみんなで話していて、そこから新規事業が立ち上がることを期待しています。