SELECTION

駿優賞
西野晴香|卒業論文
「カワイイ」建築について -21世紀日本における感性の一側面についての考察-
卒業・修士論文

1.研究の背景と目的

現代社会では、利用者の目線に配慮した建築デザインが必要ともされる。そこで、「サブカルチャー」として把握されてきた概念であるが、環境・対象と人とが一体感を強く持つ感覚感知となる「カワイイ」が、新たな建築理解のひとつの鍵となる可能性がある。この背景をもとに、「カワイイ」建築デザインがどのように認知・共有化されるのかを検証するとともに、その実相について考察することを目的とする。また、様々な分野で示されている「カワイイ」の定義や位置付けに着目し、比較・検討する作業を通じて、「カワイイ」と認識される建築の諸相を抽出することが本研究の趣旨である。

 

2.研究の概要

芸術、社会学、文学等の他分野での「かわいい/カワイイ」の位置付けに着目したことから下記2点が分かった。①「かわいい」という言葉の起源を探ると、奈良時代の「かほはゆし」に辿りつくため、「かわいい/カワイイ」という感性は現在のサブカルチャーに限定されたものではないこと。②諸分野における「カワイイ」について考察した結果、20〜21世紀にかけての世紀転換期頃から物事を評価する際に「カワイイ」が新たな判断軸となり始めた。

「カワイイ」とは、作者が意図した具象性に起因する「かわいい」にとどまらず、抽象性によるものをそれぞれの体験に応じて利用者が自由に読み取れる性格を持つ。修辞的な引用に依拠するのではなく、視覚的に幅広い解釈・感知を許す性格を持つもの、つまり感性を共有させる存在と言える。そのため、「カワイイ」建築の実例としては、例えば下記の3作品を指摘できる。①サイズの比較を生じさせることで、相対的に小ささを認識させている藤本壮介の「マルホンまきあーとテラス(2021)」。②重厚で威圧的な印象が一般的となる金融業の建物にカラフルな色彩を用いることで親近感のある施設に変化させているエマニュエル・ムホーの「巣鴨信用金庫志村支店(2011)」。③内部空間に家形も想起させる不可思議な空間を連続させた松本哲哉の「東進衛星予備校神戸岡本校(2014)」である。

 

3.結論

まとめとして、「カワイイ」建築について下記5点が分かった。①「モダニズム建築」は作為性を持つ「理性合意型」であるのに対し、「カワイイ」建築は利用者の自由な解釈を認める「感性共有型」であること。②利用者の「過去」を重ねさせたイメージ喚起を広く生じさせるものであること。③視覚的なものによって判断されること。④「ポストモダン」等とは異なり、抽象性を持ちながらも幅広い解釈を許すことでモダニズム建築から逸脱していること。⑤作為とは離れた部分から建築を身近に感じ、利用者の経験価値を導き共有させることから、「サステナブル」という現代社会が直面する課題にも応えうる要素となること。

4.参考文献

1)四方田犬彦:『「かわいい」論』、筑摩書房、2006.1

2)工藤保則:『カワイイ社会・学』、関西学院大学出版会、2015.7

3)日本建築学会編:『「かわいい」と建築』、海文堂出版、2018.9

4)真壁智治:『カワイイパラダイムデザイン研究』、平凡社、2009.9

5)真壁智治:『ザ・カワイイヴィジョンa 感覚の発想』、鹿島出版、2014.3

6)真壁智治:『ザ・カワイイヴィジョンb 感覚の技法』、鹿島出版、2014.3