SELECTION
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駿優賞
前澤実優
西浦新しき村
卒業設計

全世界の人間が天命を全うし、各個人の中にある自我を成長させることを理想とした「新しき村」という村が埼玉県と宮崎県に存在します。約100年前、日本の近代化が進むなかで労働環境などに違和感を感じた小説家の武者小路実篤とその運動に賛同する者たちによって「新しき村」はつくられました。人間が人間らしく生きられる村という理念のもと、住民は社会の波から離れて農業や芸術活動に従事し、多い時には100人以上の村民で栄えました。途中、村の財政の低迷や周辺地域からの孤立によって何度も危機が訪れた「新しき村」ですが、2018年には100周年を迎え、今でもその志を持った村民たちが暮らしています。
計画敷地は静岡県沼津市西浦で、駿河湾に面し、北には富士山、南にはみかん畑が広がる自然豊かな地域です。駿河湾沿いの多くの自治体が、津波対策で防波堤の建設を進めるなか、西浦は防波堤を建設しないことを決めました。西浦でインタビュー調査を行ったところ、景観を壊すことや漁業に影響が出ることを懸念して、住民自らがその方針を決めたことがわかりました。
西浦は富士山と駿河湾が眺められる美しい場所ですが、交通の便が悪く、また、みかんの需要の低下と人口減少によって街が衰退しています。西浦の人の景観に対する意識の高さやアンケート調査による人口増加への意欲から、西浦の独特な景観を取り入れ、街の再生に取り組むために、この場所を敷地に選びました。そして技術や生き方が大きく変化している現代において、人間が人間らしく生きていける村として「西浦新しき村」を計画します。

持続可能な村にするため、住民と経済の仕組みをつくりました。村民としての関わり方には、西浦に住んで働く「村民」、週末だけ作業の手伝いに来る「村内会員」、計画した美術館で美術品やコレクションを保管展示してもらう代わりに経済的支援をする「村外会員」の3つです。みかん作業の忙しい時期は収穫のために人が集まり、忙しくない時期は展覧会やみかんの活用イベントなどで人を集めます。

新しき村を構成しているのはみかん畑、避難所、みかん小屋、美術館、回廊です。
みかん畑には避難所が点在し、普段は村民のためのアトリエや宿泊施設です。土砂災害に強いレモン型をしており、津波や大雨の際にも避難が可能です。避難所の間には温州みかんの熟成に使われるみかん小屋があり、収穫したみかんは一度ここに保管されます。山の頂上には美術館があり、村民の作品などを保管・展示します。緩やかに登れるよう、木の葉が落ちていくような形になっています。レモン型になった避難所と馴染むように波打つ形にすることで西浦の風景を切り取ります。スロープの先には富士山の見える景色が広がります。

「西浦新しき村」は、進化し続ける時代にあえて旧来の生活に目を向け、自己の成長と地域の存続を目的にして生きていく場所です。

講評
木島千嘉

みかん畑は高低差がある土地を移動するのが大変なので、上下の移動をどのように行うかがプレゼンテーションに含まれていると良いと思いました。既存のトロッコを用いるのであれば、それも含めてトータルデザインが提示されていると説得力が増すと思いました。

山中新太郎

本来は地縁的なコミューンのモデルであった「新しき村」が破綻してしまった現在において、非地縁的な共同体モデルとして、この場所をシェアするようなかたちで再構成している点にコミュニティ論としての新しさを感じました。

高橋堅

現代的な建築に見えることを忌避する意図はわかりますが、実際にはつくりづらそうな印象を受けます。村民たちがセルフビルドで建設できる提案であれば、現代的な建築とは異なる方法でうまく斜面に馴染ませることも可能で、ここで暮らしてみたいと思えるような建築がきたのではないでしょうか。