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桜建賞
高野須琴深|卒業論文
川舟の施工技術及び大工道具に関する一考察 -埼玉県三郷市彦倉地区の舟大工を中心として-
卒業・修士論文

1.研究の背景と目的

舟大工であった祖父が残した道具をきっかけに舟大工の仕事に興味を持った。本研究の目的は、舟大工の道具と記録に残ることの少ない施工技術の一端を資料として残すことである。各地の造舟の記録は一部残されているが、技術にふれた考察は少ない。そこで、造舟に関する具体的な考察を行い、舟大工が持つ技術について探求する。

 

2.調査概要

調査対象は、利根川流域に位置する埼玉県三郷市彦倉の舟大工とした。この地域で主要な輸送手段として大きな役割を果たしてきた川舟を中心に研究を行う。はじめに残された道具の実測、分類を行った。次に、埼玉県内の資料館および博物館に残された舟をもとに作成した図面を用いて、舟の施工に関する調査を行い、舟大工の技術を明らかにしていく。これらを明らかにするために祖父及び他の舟大工への聞き込みを実施した。

 

3.結果

舟は板材の組み合わせにより構成されている。この板材の組み合わせに舟大工の技術が表れていた。

①舟材の仕入れ

舟に合わせて仕入れた丸太から板材を得る。そのため規格材を使用することはなかった。舟に最も多く使用されているのは杉である。軽くて浮力が大きいこと、建築材料としても幅広く使用されているため入手が容易であったこと、柔らかい材質のため加工がしやすく水密性が高められることが杉を多用した理由である。

②製材

仕入れた丸太を板に製材(木挽き職人が行うことが多い)する。製材には前挽大鋸(図1)と呼ばれる大型の縦挽鋸を使用する。舟の種類により板の厚さは異なるが、多くの舟は1寸(約3㎝)の厚さに挽いた。また、板材は腐りやすい白太の部分は取り除き赤身の部分のみ使用する。

③板材の接ぎ合わせ

舟の大きさに合わせて3~4枚の板を接ぎ合わせていく。板材は末口と元口を交互に組み合わせる。これは舟の強度を前後で均等にするための工夫である。また、水の侵入を防ぐために、板の接合面を歯が左右に振れた擦り合わせ鋸(図2)で挽き板を密着させる擦り合わせ(図3)や、木端を玄能で叩く木殺し(図4)を行う。

図1 前挽大鋸(髙野須茂一所蔵品 筆者撮影)

図2 擦り合わせ鋸(髙野須茂一所蔵品 筆者撮影)

図3 擦り合わせの工程(調査をもとに筆者作成)

図4 木殺しの工程(調査をもとに筆者作成)

④部材の接合

舟は曲面を持っているため勾配を持って部材が取り付く。そのため、部材をつなぐための舟釘(図5)は打ち込む前に勾配に合わせて湾曲させていた。また、舟釘は建築で使用する物とは異なり幅が広くなっている。舟釘を打ち込む前に、割れを防ぐため鍔鑿(図6)と呼ばれる先の尖った鑿で板に釘穴をあけた(図7)

図5 舟釘 (髙野須茂一所蔵品 筆者撮影)

図6 鍔鑿 (髙野須茂一所蔵品 筆者撮影)

図7 釘穴をあける (調査をもとに筆者作成)

4.まとめ

舟は、複数の板材の接ぎ合わせで造られているといっても過言ではない。柱・梁による構成が主体の建築とは大きな違いがある。舟大工は、丸太から製材をし、舟材に適した板材を得ることから作業が始まる。

また、板の接合や防水加工は舟大工の仕事の基本であった。そのために道具として鍔鑿や擦り合わせ鋸といった特殊なものが用いられた。また、舟や材質に合わせた作業を行うため、道具を多数所持していた。

 木材の材質を読み取ること、板材の組み合わせによる水の侵入を防ぐための工夫、強度を高めるために適した板材を組み合わせる技術は舟大工の腕を示していた。

5.参考文献

1) 大田区郷土博物館『大田区の船大工-海苔の船を造る-』1996.9.29

2) 中村雄三『図説日本木工具史』1967.9.20

3) 竹中大工道具館『竹中大工道具館常設展示図録』2017.12.30

4) 埼玉県立民俗文化センター『埼玉の船大工』2005.3.20

5) 村松貞次郎『大工道具曼陀羅』村松貞次郎1976.4