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駿優賞
塚本琉海
生きる家
卒業設計
私たち人間は常に変化し続けながら生活しています。しかし、私たちが生活する場である家はその変化に呼応するように変化することはありません。家が変化する私たちの生活を縛っているように感じました。家が人と共に変化し続けることが自然であり、それにより私と家、自分たちの家族と周りに住む家族、家と地域、住み手と設計者、境界などに新たな関係性を生み出すことが出来るのではないかと考えました。
1. この作品が生まれたきっかけは?
私が大学を卒業し、一人暮らしを始めたあと、部屋はどのように使われるのか気になりました。恐らく物置として使われていくでしょう。そして、少し視野を広くして周囲の家の人の部屋がどのように使われてるのか聞いてみることにしました。すると部屋の数が足りてない家族や、同じように部屋が余ってる家族など多様な状況にありました。そこで、何か設計する人が持続的に関係性を構築し続けていくとどのような家になるのだろうと思ったことがきっかけです。
2. これまでやっておいたほうが良かったと思うこと、もしくはやっていて良かったと思ったことは?
4月から働きだして、学生時代にもっと本を読んでおけばよかったと感じています。働いているとゆっくり何かを考える時間がないので学生時代の時間が貴重だったことに後から気づきました。
4年前期にある建築学の実践という授業や卒業設計で詳細な図面に触れていたことは働き出してからやっていてよかったと感じました。また、バイトで接客をして初めての人と話していたこともやっていてよかったと感じています。
3.今後の抱負は?
私は今アトリエで働いています。新しく学ぶことが多くて大変ですが、独立して自分の事務所で設計をしていけるように頑張ります。
卒業設計/2025年度
ハウスメーカーが作った似たような4棟の家をグループでリノベーションしていくという発想が面白い。コーポラティブリノベーションのような感じで、それぞれ足りないものを必要なだけ得たり、減らしたり、新しい可能性を感じる。
こういうものが増えていったらすごく良いと思う。特に住民の方へのヒアリングを反映している部分が切実性があって評価したい。建築家の職能としてコーディネーター的役割やディレクターとしての立ち位置を担うことが非常に求められる。住人同士で話せないことも建築家がディレクターとして振る舞うことで町の景観や住宅など全体が良くなる可能性を秘めている。
共有の庭のような部分がもっと風通しよく町に開かれるような提案ができてもよかった。
彼のような人がこれからの建築家になると思う。地域の中で見えない境界を取っ払う役割が本当に仕事になりうるきがするので、ドキュメンタリーとして最後までまとめていってほしい。
自分は、もし自分の部屋を隣家の方が使い始めたら、結構抵抗感があります。やっぱり家って思い出の場所だし、育ってきた場所を他人に侵食されるイメージですね。ただ、それはそういう家として造られた家だから抵抗感を持っているのであって、新築時からいずれそうなるという計画であれば受け入れられそう。今回は実家の周りで計画しているけど、今後の住宅団地の考え方として非常に画期的だと思う。
日本の郊外は政治的な問題を抱えていると思うので、社会問題としてこのプロジェクトを発展させられるといいかなと思う。
誠実にヒアリングして現実に向き合って構築しているしぶとさが良い。ただ、解釈の仕方として、ポジティブすぎるのが気になる。人間の土地への執着はかなり強いものがあるので、そういう“毒”もきちんと説明したほうが良いと思う。
▶︎確かに批判されたこともありました。模型を見せてもう一度説明していきたいと思います。
10棟以上の住宅があるところでも通用できるやり方でしょう。コモンシティ星田という住宅群があるのですが、あの場所も塀が全くなくて、全然違う風景が住宅地に広がっている。既存の住宅地もあんな風に変えていけるなら希望があると思う。