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八十岡翼
ヨコのツナガリ〜ひとつなぎの机〜
Super Jury
ボランティアと利用者との一方的な関係(タテのツナガリ)を相互に感謝し、貢献しあう「ヨコのツナガリ」に変える設計です。調理から食事、活動まで連続する一枚の大きな机を核とすることで、子どもたちが調理に参加する機会を促し、活動の異なる人々が場を共有することで、感謝と貢献で結ばれる新たなコミュニティ意識を構成します。
この作品の根底には、アドラー心理学の思想があります。特に、書籍『嫌われる勇気』で「褒める」「叱る」といった評価を下す行為が「タテのツナガリ」の典型として批判されていた点に衝撃を受けました。代わりに提唱されている、感謝と貢献で結ばれる「ヨコのツナガリ」の重要性を知り、これを現代の子ども食堂の在り方に組み込むことを着想しました。
空間的なアイディアの決定打となったのは、日本大学の非常勤講師である福田章さんとのエスキスです。子どもたちが「一枚の板」を共有するというコンセプトを深掘りする中で、その板にレベル差を持たせることで、調理や食事の場だけでなく、通路や庇などへと役割を連続的に変化させるという、空間を統合する発想が生まれました。
これまで継続してきて、最も良かったと感じるのは「読書」です。設計課題に取り組む際は、関連する書籍を10冊程度読むことを基本としています。これは、基本的な考え方、コンセプトの構築、そして具体的な手法を検討する上での参考とするためです。読書を重要視するようになったのは、最初のデザインの授業で「センスとはインプットの量とアウトプットの質である」という話を聞いたからです。思考の幅を広げるインプットを意識的に継続できたことが、質の高いアウトプットを目指す上での土台となっています。
スーパージュリー(公開講評会)などを通じて、自身の思考の癖や弱点が明確になりました。今後は、それらの課題に対し真摯に向き合い解決していくことで、建築の探求と創造を純粋に楽しみながら、さらに経験を積んでいきたいと思っています。目の前の課題一つひとつに丁寧に取り組み、次のステップへとつなげていきたいです。
住宅地側へのアプローチが乏しいのが気になる。単純に閉じていれば良いということではなく、屋根のアイディアがとても良いので、屋根の下で少し休憩ができたり、相談自体も外でできたり、オープン側を考えるのと同じくらい逆の部分の関わり方も考えられると良いなと思います。建築には自分で作ったルールがあると思います。そこで1回完結するんだけど、その後自分でどう壊していくかもとても大切。自己矛盾を抱えながら建築をどう作っていくかを繰り返す。そういうスタディを心掛けてほしいと思いました。
片方を開くと決めれば、必ず裏側ができてしまうので、開口部か軒の高さかを少し考えたほうが良い気がしました。全員がこの場所で過ごしてほしいという考え方は少し前時代的に感じてしまうところもあるので、もう少し余白があり、居場所の選択性のある計画を自分で切り拓いていけると面白いと思います。
机とか廊下がぐるっと繋がっているのって何が良いのかという点の説明をもう少し聞きたかったです。