海外出張・研修レポート
2024関西研修旅行
by SHUNKEN編集部

 「関西研修旅行」は、本学の学生を対象に建築視察を通じた実地体験教育を目的として、毎年、建築学科主催のもと、建築史・建築論研究室の修士1年生が企画・運営しています。

おかげさまで、今回で第45回目の開催を迎えることができました。今回は、学部1年生から大学院生まで計38名にご参加いただき、39日から319日までの5日間で、奈良、和歌山、大阪、京都、滋賀の建築を巡りました。

見学当日は、見学先のご担当者様に多大なるご協力を賜り、建築を学ぶうえで非常に有意義な時間となりました。見学先の関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

 本旅行では、普段は見ることのできない非公開の建築を訪れたり、先生から詳しい解説を聞いたりすることで、建築について深く考える貴重な体験ができます。

 今回の研修旅行のテーマは「建築の『響き』に浸る」でした。単に建築を観察するだけでなく、空間が内包する「響き」を全身で体感していただきたいという想いを込めました。

 建築は、図面や写真、教科書の記述だけでは決して理解しきれるものではありません。本旅行で実際にその場を訪れ、五感を使って空間の広がりや素材の質感、光や風の流れ、人々の営みとの関係性を肌で感じることで、より深く自分自身の建築観を育てる機会となることを願って開催いたしました。

 そうした想いをもって企画した関西研修旅行について、幹事一同より旅行記を寄稿させていただきます。

2024関西研修旅行一同

写真(カバー写真):高野山 大門での集合写真

表:関西研修旅行の行程表

 

高野山根本について

研修旅行2日目は、高野山の金剛峯寺と壇上伽藍を見学し、通常非公開である「金剛峯寺 不動堂」や「壇上伽藍 西塔」を拝観出来る貴重な機会に恵まれた。その中でも私が特に感銘を受けたものは、意外にも「壇上伽藍 根本大塔」であった。

現存している根本大塔は6度目の再建であり、昭和12年にRC造と木造によって建立された。設計に武田五一と天沼俊一が関わっている。世界最古の木造建築を有する日本においては、これだけを聞くと一見価値が無いように思えてしまう。確かに、法隆寺のように千年以上の時を経て、現在にもその姿形を伝える建築は貴重であり、私たちに素晴らしい感動をもたらしてくれる。しかしながら、6度の再建を果たし、近代的構法で新たに建立した根本大塔も私たちに違った感動をもたらしてくれた。その感動は建築を強力に支える精神性や理論の存在が関係している。この塔には、高野山を開創した弘法大師空海が構築した曼荼羅世界が仏像から空間そして建築、伽藍さらには高野山全体に至るまで幾重にも張り巡らされている。この強靭な思想体系があるからこそ、姿形や素材を変えながらも再建が繰り返され、今なお人々にその姿を見せている。これらは現代において、失われてしまった建築を建築たらしめる本質的な要素であったように思う。宗教建築と現代建築を比較するのはやや強引ではあるが、移り変りが激しい現代では見ることが出来ない、建築のもう一つの側面を知れたことは参加学生にとっても貴重な経験になったのではないだろうか。

写真:高野山根本大塔 外観(h=48.5m

新井 陽斗(建築学専攻 修士2年|建築史建築論研究室(田所辰之助ゼミ))

南禅寺 金地院八窓席について

 4日目は、これまでの3日間で訪れた壮大な建築とは趣を異にし、丁寧に作り込まれた小さなスケールの建築、「南禅寺 金地院八窓席」を見学しました。

 八窓席は、作庭家としても名高い小堀遠州が手がけた茶室として知られています。興味深いのは、既存の建物の広さ、軸組、天井はそのままに、床まわりと躙口に手を加えることで、遠州好みの空間を創り出した点です。

 中でも特筆すべきは、躙口の外に設けられた板縁です。これにより、従来の路地からの出入りではなく、縁側からの出入りが可能となり、改変された床と点前席をより正面から意識できる構成となっています。

 このように、人間の身体的なスケールで展開する空間には、繊細さが感じられ、何とも言えない心地よさを覚える建築でした。

写真:金地院方丈から鶴亀石・東照宮を見る

伊藤 綾香(建築学専攻 修士2年|建築史建築論研究室(田所辰之助ゼミ))

 

四君子苑について

研修旅行4日目の住宅や茶室を巡る日程で、最後に訪れたのが「四君子苑」であった。北村捨次郎の設計によるこの建物は、戦後に母屋と玄関が吉田五十八によって改修されている。

 民家風の薄暗い玄関を抜けると、天井の高い広々とした空間が現れ、その迫力に圧倒された。RC造による隅に柱のない構造や、アルミサッシの引戸による大胆な開口により、中庭との関係が明快に示されていた。一方、奥の捨次郎の建物は、陰影と緻密なディテールが印象的であった。なかでも珍散蓮茶室前の、忘筌を思わせる吹抜空間では、水面に反射する光が四半敷きによる床の波状の杢目を際立たせていた。

二人の建築家による対比がこの邸宅を唯一無二の存在とし、現代における和室のあり方を再考する機会となったように思う。

写真:四君子苑 表門

江黒 裕真(建築学専攻 修士2年|建築史建築論研究室(田所辰之助ゼミ))

 

天理教教会本部(神殿)について

研修旅行を通して、私が最も従来の考えを見直す契機となった建築は、天理教教会本部(神殿)である。天理教は、江戸時代の天保9年(1838年)に、教祖・中山みきによって開かれた宗教である。その信仰の中心には、親神・天理王命によって人間創造の地とされた聖地「ぢば」があり、奈良県天理市に位置する。天理教教会本部の神殿と礼拝場は、その「ぢば」を囲むように配置されている。

 天理教本部(神殿)を訪れると、まず、その圧倒的なスケール感に好奇心が刺激される。耳を澄ますと神殿内部からおつとめの声が漏れてきて、信仰の生々しさを感じた。見学では、緊張感のある神殿内部を音を立てずにそろりそろりと進み、回廊を抜けて、教祖殿の大空間に足を踏み入れると、畳の匂いに包まれ、すーっと空気が身体に入ってくるような心地よさすら覚えた。この感動は、天理市に入り、あちらこちらに掲げられている「ようこそおかえり」という看板や垂れ幕を見た時から、すでに種が蒔かれていたように感じられた。それは、世界観を人々が受け入れるための正確な手続きを背後に感じ、「ああ、なるほど」と腑に落ちるような気持ちよさがあったからかもしれない。

 近代に成立した新宗教に代表される同時代の宗教建築に対しては、キッチュでファシズム的とする否定的な評価を与える傾向がある。しかし、新宗教は、既存の宗教思想では救済されず、従来の価値体系に応えられない現代的状況に対する人々の信仰心の表れと見ることができる。そうであるならば、そうした宗教思想を体現し、信仰の強化を意図して建てられた宗教建築は、同時代の民衆の精神的風景を示すものとして、正当な検討の対象とされるべきではないだろうか。

写真::天理大学附属天理参考館

太田 優我(建築学専攻 修士2年|建築史建築論研究室(田所辰之助ゼミ))

 

橿原神宮について

この研修旅行を通し、最も印象的だったのは「橿原神宮」であった。初代天皇・神武天皇即位の地として創建され、日本書紀によると国が始まった象徴的な場所に建っており、他の古社とは違い国家と天皇に直結する近代的な意味合いも持っている。今回は特別に内拝殿も見学させていただき、空間の崇高さに圧倒され、知識や言葉だけでなく感覚で建築を感じることの大切さを改めて感じられた。内拝殿の砂紋は毎日描き直してるとのことで足を踏み入れさせていただけた事も印象的であった。拝殿上部の天井には木造の格子で装飾が施され、色の違う木材を使うなどのデザイン性が見られ落ち着きながらも風格を表す繊細さが伺えた。

そして、同敷地内では重要文化財の文華殿の保存修理現場も見学をし、屋根にある瓦や先端の軒丸瓦など詳細な部分でも昔の素材と現代の素材が融合し、目に見えて時間の流れを感じることができ多角的に考えさせられた。

写真:橿原神宮 拝殿

  琴乃(建築学専攻 修士2年|建築史建築論研究室(田所辰之助ゼミ))

 

太陽の塔について

現在大阪で万博が行われておりますが、私たちは1970年の大阪万博のシンボルでもあった太陽の塔を見に行きました。2025519日に重要文化財に指定された当建物は、その外観こそ有名ですが、実は内部にも入ることができます。塔の内部には「生命の樹」が立ち上がり、人類の進化と未来を象徴する空間が構成されています。両腕の構造も内部から見ることができ、そのトラスは他で見ることのできない迫力がありました。この塔全体が一つの思想体系であり、岡本太郎が投げかけた「人間とは何か」「文明とは何か」といった問いが、建築と芸術を通じて体現されています。その精神性の深さこそが、時代を超えて、この建築を唯一無二の存在にしているのだと感じました。

写真:太陽の塔外観

松本 隆之介(建築学専攻 修士2年|建築史建築論研究室(田所辰之助ゼミ))

 

無鄰菴

研修旅行4日目に訪れた無鄰菴は、明治時代の政治家・山縣有朋の別荘として造られた建築であり、庭園は七代目小川治兵衛によって手がけられた。山縣は別荘の主体を庭園と捉えていたため、母屋はあえて簡素な造りとされている。

座敷から眺める、琵琶湖疏水を引き入れた庭園は、象徴的な演出にとどまらず、自生する野花を尊重する庭師の姿勢が印象的で、自然の風景に寄り添う穏やかな美しさが感じられた。見学に先立ち、スタッフの方から丁寧な説明を受けたことで、植栽の工夫や視線誘導といった、普段は見過ごしがちな設計意図にも注目することができた。

建築を中心に巡る研修旅行の中で、庭園を通して建築と環境との関係性を具体的に学べたことは、非常に印象深い体験となった。多くの学生にとっても、空間を多角的に考察する上で、有意義な学びの機会となったと感じている。

写真:母屋から眺める庭園

矢島琴乃(建築学専攻 修士2年|建築史建築論研究室(田所辰之助ゼミ))

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