
車道を「人のための空間」へ。広域歩行者空間化の仕組みと実践

1. はじめに
泉山塁威は、2025年8月7日から9月4日にかけて、令和7年度日本大学海外派遣研究員(短期B)として、デンマーク(コペンハーゲン、オーフス)、スウェーデン(ストックホルム、マルメ)、フランス(パリ)の3カ国5都市を訪れ、現地調査を行いました。
研究テーマは「中心市街地における広域歩行者空間化(Extensive Pedestrianization)のプロセス及び手法」。日本でも「ウォーカブルシティ」が政策キーワードとなって久しいですが、欧州の先進都市では、単なるスローガンではなく、具体的な空間改変と制度設計が長年積み重ねられてきました。その現場を歩き、キーパーソンと対話し、「なぜ実現できたのか」という問いに迫ることが今回の研究調査の目的です。
2. 北欧の「アイレベル」な都市とパブリックスペース(デンマーク・スウェーデン)
デンマーク・コペンハーゲンでは、世界最初の歩行者天国として知られる「ストロイエ(Strøget)」を起点に、ヤン・ゲール事務所(Gehl)および市役所の技術・環境行政部(Teknik- og Miljøforvaltningen)へのヒアリングを実施しました。1962年の歩行者空間化から60年以上、この都市は一貫して「人間のための空間」を拡張し続けています。その哲学は現在の「Urban Space Action Plan」にも引き継がれ、データに基づくパブリックスペースの評価と改善が日常的に行われていました。

人中心の歩行者空間が中心市街地に枝葉のように広がる。ストロイエ(Strøget)・コペンハーゲン・デンマーク Photo by Rui IZUMIYAMA
デンマーク・オーフスやスウェーデン・ストックホルムでは、パークレット制度や、国家プロジェクト「Street Moves」による木製キット(ストリートファニチャー)の社会実験を視察。駐車スペース1台分から始まる小さな介入が、市民の意識と街路の風景を変えていく——まさにタクティカル・アーバニズム(戦術的なアーバニズム)の実践でした。
マルメでは、『ソフト・シティ』の著者ディヴィッド・シム氏と対話。建築や都市のスケールを「人間の身体感覚」から捉え直すことの重要性を改めて確認しました。アイレベル(目の高さ)で都市を見ること、歩くことから設計を始めること——これは私自身の研究の核心とも重なるものです。

寒い北欧・ストックホルムでは、パークレット(Parklet)で路上駐車場を人中心のパブリックスペースに変え、ストーブなど防寒もみられる。Photo by Rui IZUMIYAMA
3. パリの大胆な都市改造(フランス)
パリでは、『フランスのウォーカブルシティ』著者のヴァンソン藤井由美氏へのヒアリングを通じて、「15分都市」構想や「Paris respire(パリ・レスピール/深呼吸するパリ)」政策の現在地を探りました。
とりわけ注目したのは、市民参加予算(Budget Participatif)とオンラインプラットフォーム「IDEE PARIS」を活用した合意形成プロセスです。行政が青写真を描いて押し通すのではなく、市民のアイデアを可視化し、投票を経て事業化する。この透明性の高い仕組みは、日本のエリアマネジメントやまちづくりにとっても大きな示唆を与えてくれます。

歩道にオープンカフェや人のための場所をつくるのはもちろん、緑を増やす。気候変動対応の政策としてウォーカブルを進めるパリ・リヴォリ通り(Rue de Rivoli, Paris)。Photo by Rui IZUMIYAMA
4. おわりに──学生の皆さんへ
今回の視察で得たのは、美しい広場や通りの写真だけではありません。それを実現させてきた「制度」と「人」、そして何十年もかけて空間を変えてきた「執念」のようなものに触れることができました。
建築や都市を学ぶ皆さんには、ぜひ一度、海外の現場に足を運んでほしい。論文や教科書には書かれていない、街路のスケール感、人々の滞留の仕方、そして「ここで何かが起きている」という空気。それは身体で感じるしかないものです。
本研究の詳細な分析やインタビューの裏話は、泉山個人のnoteでも更新予定です。興味のある方はあわせてご覧ください。
【関連ページ】
・教員:泉山塁威
・研究室:都市計画研究室(泉山ゼミ)
・研究室HP:都市計画研究室(泉山ゼミ)

泉山 塁威(Rui Izumiyama) 日本大学理工学部建築学科 都市計画研究室(泉山ゼミ)准教授/博士(工学)。 一般社団法人ソトノバ共同代表理事、一般社団法人エリアマネジメントラボ共同代表理事。 専門は都市経営、エリアマネジメント、都市デザイン。日本におけるタクティカル・アーバニズムやプレイスメイキングの第一人者として、ウォーカブルシティへの変革に向けた研究と社会実装、実践的な教育プロジェクトに取り組んでいる。
