「リアルタイムオンライン応答試験を用いた積層ゴムの地震応答特性に関する研究 長周期地震動による繰り返し依存性を対象とした検討」
インタビュイー=阿久戸信宏[助手]
インタビュアー=佐藤慎也[教授]、古澤大輔[准教授]
免・制震構造研究室の阿久戸信宏助手が、「2023年日本建築学会奨励賞」を受賞しました。
この賞は、会員により近年中に発表された独創性・萌芽性・将来性のある建築に関する優れた論文などの業績を評価するものです。本研究では、従来の数値モデルを用いた実験結果と異なる結果を得ている発展性と、その結果を丹念に比較検討している点が特に高く評価されました。
今後さらに研究の発展が期待されている阿久戸先生に、免震構造の校舎であるタワー・スコラにて、お話をうかがいました。
阿久戸信宏[助手]
古澤:
日本建築学会奨励賞の受賞、おめでとうございます。今のお気持ちを教えていただければ幸いです。
阿久戸:
実は初めて出した黄表紙(日本建築学会構造系論文集)なんです。このような形で評価をいただけたのは貴重な経験で、大変うれしかったです。
古澤:
「リアルタイムオンライン応答試験を用いた積層ゴムの地震応答特性に関する研究 長周期地震動による繰り返し依存性を対象とした検討」という長いタイトルの論文ですが、最初に今回の研究の概略を教えてください。
阿久戸:
はい、1番のキーワードは「リアルタイムオンライン応答試験」になるのですが、ちょっと複雑なので順番に説明させてください。笑
今、私たちがいるタワー・スコラもそうですが、免震構造の建築物には免震層があります。そこには積層ゴムと呼ばれている免震部材が入っています。その免震部材が、地震発生時にどのような応答を示し、どのような性能の変化をするか、ということについて実験を通して評価しました。
実験の対象としたのは「長周期長時間地震動(以下,長周期地震動)」です。長い周期(揺れが1往復するのにかかる時間)成分を含む長時間地震動のこと*1で、南海トラフ沿いの巨大地震などのような、今後の発生が懸念されている地震動です。
そのような長周期かつ長時間の揺れで免震層の積層ゴムが変形するとなったとき、積層ゴムが繰り返し変形し続けるので、疲労や発熱によって部材の性能が変化してしまうことが懸念されています。これが「繰り返し依存性」というものです。
古澤:
なるほど、長周期地震動があるということは、短周期地震動もありますよね。短周期の場合はゴムの変形は大きくないのですか。
阿久戸:
免震構造の場合はそれほど大きくないですね。長い糸に重りを付けた振り子を想像してもらうとわかりやすいと思います。ゆっくり長く揺らしたほうが振り子の振れ幅って大きいですよね。逆に細かく揺らすと振れ幅が小さい。免震構造はとても柔らかいもので、長い振り子の性状に似ていて、ゆっくり長い周期で揺れるのです。そのため、免震構造は長周期地震動が持つ振動成分によって共振してしまい、揺れが大きくなりやすいんです。そうすると、積層ゴムの変形も大きくなりやすいということです。
解析と実験のハイブリッド「リアルタイムオンライン試験」とは?
リアルタイムオンライン試験の仕組み。通常演算用コンピュータだけで行う解析を実際の試験体での実験と組み合わせて行う。
古澤:
キーワードになる「リアルタイムオンライン応答試験」とはどのようなものなのでしょうか。
阿久戸:
通常、建築物の解析を行う場合、パソコン上で、建築物が何層であり、柱の剛性がどのくらいで、地震動の大きさはこのくらい、というように数値化した諸元を設定します。積層ゴムも同様に、ゴムの性能が数値的に決まっていて、パソコンに入力することで解析を行っています。このときに、色々な建築物情報や部材情報を決定して解析(時刻歴応答解析)することで、地震時の免震構造の応答を把握することができます。ただし、実際には積層ゴムの挙動は複雑なので、簡単にモデル化できるものではありません。あくまでも挙動を近似的に再現できるモデルを用いているため、本当に正しいものなのかを判断する必要があります。
一方で、積層ゴムの製品自体の性能確認試験をメーカー各社が行っています。アクチュエーターという加振機で、実際の試験体を押したり引いたりして変形荷重のデータを取る実験です。この場合は、実際の製品を加振して得られる荷重変形特性を得るため、リアルな結果となります。
リアルタイムオンライン応答試験では、免震構造を模した建築物モデルをパソコン上に設定するのですが、積層ゴムのモデルはパソコン上に設定せずに、性能確認試験のときのように実体のある試験体を用います。パソコン上にはあくまでも建築物の情報だけを設定して、解析によって得られた積層ゴムの変形量を試験体に加えて荷重を得る、という流れを逐次行います。
佐藤:
リアルに設置している試験体の変化とパソコン上のシミュレーションが同時に進むんだ。解析と実験を同時に行うハイブリッドですね。
阿久戸:
そうですね。リアルタイムハイブリッドシミュレーション試験とも言います。パソコンの解析上で出た変形を試験体に加えると、力が返ってきますよね。その力をまたパソコン上に戻してあげます。このフローを0.01秒の時間間隔で逐次行います。
そうすると、パソコン上で積層ゴムの動きをモデル化していなくても、リアルな試験体から得た計測値をもとに解析が進められます。これまでの積層ゴムを数学的にモデル化した解析結果と比較して、より現実の動きに近い状態の結果が得られる試験方法です。
リアルタイムオンライン応答試験の併用で労力&コスト削減の可能性
古澤:
建築物は実際にはないけれど、その分の変形をゴムに加えれば、建築物が載っているのと同じ状態を現実につくり出せるということですか。
阿久戸:
そうです。リアルタイムオンライン応答試験の1番の目的は、「実際の現象を再現して対象物のリアルな応答結果を得たい」ということなんですよ。例えば、このタワー・スコラの一番リアルな地震応答結果を得たいって考えると、建築物全体に計測機器を付けて、実際に巨大地震がくるのを待って、計測できれば1番リアルな情報じゃないですか。
佐藤:
でも、できない。やろうと思っても莫大な労力とコストがかかるね。それにいつ地震がくるかわからない。
阿久戸:
その通りです。そもそも実大規模の試験は高層化が進む現代では難しく、試験するにしても実験施設のスケールに依存してしまいます。だからこそ1番複雑な特性を示す部材だけをリアルタイムオンライン応答試験で試験を行い、あとは必要な部材だけ実際に実験して、それ以外はシミュレーション解析を行えば、労力とコストが圧倒的に抑えられます。
リアルタイムオンライン試験の意義
左がリアルタイムオンライン試験で得られるゴムの挙動を表したグラフ。右が国が提示した試験方法で得られるゴムの挙動。
佐藤:
ちなみにこういう実験は、地震動以外にも活用できるものはあるのですか。
阿久戸:
地震以外だと、風揺れ(台風・暴風)や波、航空業界の空気抵抗とかですね。基本的には複雑な挙動を示すものに対して行われています。
佐藤:
そのときもやはりゴムの変化を調べるのですか。他の部材では使われないのですか。
阿久戸:
私の研究分野では、基本的にダンパーやゴムの性能特性を調べます。また、実際の時間軸で実験をするというところがポイントなんです。
リアルタイムではない、ただのオンライン応答試験もあるんですよ。それは、時間がまるっきり関係ないんです。すごく静的に部材の変形を出して、到達したら、そのときの荷重を取得するという方法です。土質の分野ではよく用いられます。速度に依存しないからです。ただし、私がターゲットにしている、例えばダンパーは内部にオイルが充填されているから、静的に押しても抵抗はほぼないんです。速度があるからこそ、抵抗が発揮される装置なんです。
ゴムもダンパーほどではないですが、同様な速度依存性を持っています。そうすると、やはり実際の時間軸で地震応答試験を行わないと意味がないです。仮にただのオンライン応答試験でダンパーの試験をしても、ダンパーの反力が出てこないので、速度入力なども考えないといけないんです。ここに実時間軸で行うリアルタイムオンライン試験のメリットがあります。
古澤:
基本的な確認だけど、繰り返し依存性と速度依存性を実験したければ、オンラインでアクチュエーターを1/100秒に何kNで押すみたいな設定をすればいいわけではないのですか。実際の地震では、1/100秒ごとに少しずつ力が違うからということかな。
佐藤:
ランダムな波形の地震動を自分たちで設定して、実験すればいいんじゃないかってことが気になるんだよね。笑
阿久戸:
もちろん、全時間軸で決められたランダム波形で強制変位入力の実験をすることも可能です。ただ、全時間で決まった波形じゃないですか。リアルタイムオンライン試験だと、毎回返ってくるのがリアルな計測値なので、0.01秒から0.02秒になると応答がどうなるかは取得した部材反力によって異なります。
佐藤:
多分、ランダムな波形をつくってアクチュエーターで押したときと結果はあまり変わらないと思う人も多いと思うし、おそらく大きく結果が変わることはないんだろうね。ただ、正確に再現することが技術的にできるようになったということがとても大事だよね。これまでの方法と異なる結果が出る可能性もあるわけだし。
阿久戸:
それは本当に大きいです。この比較的規模の大きいリアルタイムオンライン応答試験システムを持っている国内の大学は、把握している限りだと京都大学と東北大学と日本大学ぐらいだと思います。どこにでもあるわけではないし、それなりの規模の実験施設がないとできないんです。
免震構造ってなに?
タワー・スコラの免震ピット。積層ゴム部分が黒い膜で覆われている。
古澤:
そもそも、ゴムなんだよね。笑 学生時代に免震構造がゴムで建築物を支えているということを知って、すごくびっくりしたのを覚えている。交換とかメンテナンスってできるのですか。
阿久戸:
交換も考えられます。耐用年数は60年以上ですね。積層ゴムはゴムと鉄板が積層されていて、その外側を皮膜で覆っている状態なんです。空気に触れないようにできていますが、経年劣化した場合はゴムなので硬化していきますよね。もしくは、大地震を経験した後に損傷してしまった場合にも交換になります。かなり大掛かりになりますが、建築物をジャッキアップさせて取り替えることは可能ですね。
佐藤:
縦揺れと横揺れというのもよく聞きますが、それは今回関係していますか。
阿久戸:
今回は横揺れのみの1方向入力だけをみています。ただ地震は横方向(2次元)だけではなく3次元に動くので、実際は縦方向にももちろん揺れます。
積層ゴムはゴムと鉄板を積み重ねてくっつけた部材なので、縦に揺れたときは鉛直方向に引張力や圧縮力が加わります。鉛直方向に加わる力についての性能特性は、今回の論文では言及していません。
基本的に、免震構造は横揺れへの対策なので、縦揺れ(鉛直方向)には免震効果を期待していません。
ただ、積層ゴムにかかる建物重量や鉛直方向の力は積層ゴムの応答性能に大きく影響するので、今後の研究対象にはしたいと思っています。
2016年の長周期地震動対策データ公開から、リアルタイムオンライン試験での検証は初
もし約10分間の地震(長周期地震動)が起きた際に、元々の構造計算に用いた地震動の大きさを上回る可能性がある地域の分布図。政府が改めて設計検討を促している。
古澤:
ちなみにこの論文の新規性を改めて確認させてください。リアルタイムオンライン試験という試験方法は元々あるのですか。
阿久戸:
ありますね。積層ゴムを対象に、リアルタイムオンライン応答試験を行った先行研究もあります。ただ、今回の論文の新規性で言うと長周期地震動を対象にして、国土交通省で定められている繰り返し依存性の検討方法に関してリアルタイムオンライン応答試験を用いて評価したのは初めてです。
佐藤:
実際に起きた神戸や新潟など過去の地震データを使った同様の研究はあったということですね。
阿久戸:
その通りです。長周期地震動のデータが2016(平成28)年に発表されましたが、積層ゴムを対象に、その検討をリアルタイムオンライン応答試験で行った黄表紙はまだありませんでした。
国からは長周期地震動の波形データが公開されて、免震構造に対して繰り返し依存性などによる性能変化が懸念されるので、設計を検討してくださいという形で発表されます。その際、簡易的に評価できる設計フローも提示されています。*2
ただ、その評価方法が本当に適切なのか。本研究ではその評価方法の懸念事項を挙げて、リアルタイムオンライン試験を用いた検討結果を提示しました。
今回の研究では、国から提示されている評価方法(簡略法)の結果と、リアルタイムオンライン試験で得た結果にズレがあったので、こういうモデルに切り替えたほうが、リアルタイムオンライン試験の結果に近づけられるという提案を行いました。
佐藤:
ちなみに少し話が変わるけど、実験時間30秒という単位がさっきからよく出てくるけど、1番長い実験ではどのくらいの時間を計測するんですか。
阿久戸:
最長は1つの地震動で約10分間やりました。国が提示している長周期地震動の計測時間が10分なんです。
それだけの時間ずっと積層ゴムが変形し続けると、内部で熱を持ったり疲労したりして、積層ゴムの性能が変化していきます。
研究のきっかけ「リアルで物を見るのが楽しい」
リアルタイムオンライン試験のセットアップ。積層ゴム試験体は実物(直径1.0m)の5分の1サイズ(直径200mm)で行いました。
佐藤:
研究のきっかけはどのようなものですか。
阿久戸:
私が研究室に配属される前から、リアルタイムオンライン応答試験システムは導入されていたんですね。ただ、誰も研究としてそれに取り組んでいなくて。秦(一平)先生も構想はあるけど実際には取り組んでいませんでした。
私が研究室に配属されたとき、「やってみたら?」と言われたのがきっかけです。解析コードとかも何も入っていない、まっさらな状態からスタートしました。
古澤:
まっさらな状態からプログラミングということは相当なパソコンリテラシーが必要なのではないかと思うのだけど……一から勉強したのですか。
阿久戸:
そうですね、ある程度は4年生のときに勉強しました。時刻歴応答解析に必要な解析コードやデータを入出力するためのコードなどは、基本的に自分でコーディングしました。そうじゃないと卒業ができない。笑
佐藤:
さっき他の大学にも同様のシステムがあると言っていたけれど、動かすためのプログラムはそれぞれ別につくっているのですか。
阿久戸:
基本の理論はありますが、他の実験施設のプログラムコード内容は実際ブラックボックスです。ただ、精度向上のための制御補償方法などは研究論文も出ていたりします。
この制御方法に関する研究も色々あって、さまざまな先行研究を見ながら、どうやってうまく実験を回していくかというのを日々考えています。
古澤:
どういうきっかけで、この分野が楽しいって思うようになったんですか。
阿久戸:
元々、地震に興味はあったんです。私は短大出身なのですが、酒句(教明)先生のゼミで「地震をやりたい」と言ったのを覚えています。建築はもちろん好きなのですが、デザインはダメだったので、構造分野で選ぶなら「地震かな」というのが当時はありました。
理工学部に編入してから研究室を選ぶとき、古橋(剛)先生や秦先生が気になっていました。最終的には、船橋キャンパスの環境防災都市共同研究センター(実験施設)をよく利用して実験している秦研究室に惹かれて、配属先を決定しました。リアルで物を見るのが楽しいんですよ。実際にはこういう動きをするから、シミュレーション結果とはこう違うよね、と考えるのが好きなんです。
後輩へのメッセージ「やるもやらないも自分次第」
佐藤:
この研究において、阿久戸さんが1番面白いなと思うところはどこですか。
阿久戸:
2つあります。1つ目は実験データを1番最初に見られること。得られた結果からなんでそうなっているのかを考える時間が楽しいです。
2つ目は、あまり経験できることではないですけど、既往の結果と研究成果で違う結果や新たな結果を得られると嬉しいですね。
古澤:
よくわかります。次はどういう研究をしていきたいとか、展望はありますか。
阿久戸:
このリアルタイムオンライン応答試験システムを発展させたいですね。この規模でできる実験施設というのはあまりなくて、現在、環境防災都市共同研究センターには写真の通り3台の加力装置があるので、XYZ軸で3方向から力を加えることができるんです。今回は横軸の1方向だけだったので、多自由度入力による応答評価など色々やれることはありますね。
佐藤:
最後に学生の皆さんに向けて一言ありますか。
阿久戸:
やるもやらないも自分次第。学生時代って本当に時間があるので、好きなことを突き詰められる時間がこれだけあるのは、本当に有意義だと思います。色々考えながら有効活用していただければと思います。
【参考文献】
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編集=長尾芽生
写真=小島陽子[助教]